調査開始三日目~満了~
「こいつはどういうことだ? もしかして先を越されたか?」
傷だらけの身体で鎮座する雪獅子であったものを見て、ボーン装備の男はピクリとも動かない白の巨体を槍先で突つく。慎重にかつ数回反復した動作を続けると、やがて間違いなくソレが絶命していることを理解することになる。レクサーラからのハンターも目の前で沈むドドブランゴが物珍しいのか、周囲を徘徊しながら値踏みするように瞳をギラつかせていた。
「いいや、この傷は元々あったものである。それによく見るのだ……ううむ南無三」
巨体の前で手を添えるのはウィンブルグ。つい昨日まで命がけの鬼ごっこを演じきった彼も、ヘルム越しでひっそりと黙祷を捧げていた。
少なくとも死後一日と経っていない雪獅子の骸は、穏やかとなった砂漠の風に傷んだ毛並みを揺らす。
雪獅子の剛毛の下は過酷な地での競争を勝ち抜くため、鍛え上げられた筋肉質な本体が垣間見えるはず、なのだが。
「……細すぎる」
呟いたリィタの言葉通り、骨に皮が引っ付いたように痩せ細った身体は、とても雪原を治める元主であった片鱗も感じさせないほどに弱々しいものであった。
志半ばで地へ臥せる大きな身体。その獅子が最後に見ていた方角は必然か偶然か。見えないはずの遥か彼方、フラヒヤ山脈を見据えていたように、心なしかウィンブルグは感じていた。
「うむ。先客の可能性はないのである。ハインツ君が上手く交渉してくれたからね。さてリィタ君、一つ我々も確かめに行くとするかね」
「……そうだね」
みるみると内からの闘志が萎えていた少女は、不完全燃焼ながら気持ちを切り替えようと、ハインツが話していた内容を思い出す。
雪山草が砂漠で成長し得た最後のピース。現場で直接見れば分かると言った若き書士隊の言葉を思い浮かべながら、早速ドドブランゴを解体し始める他二人のハンターを尻目に、リィタは先を進むウィンブルグを追いかけた。
◆
「これがハインツさんの言ってたこと、かな」
「なんとも悲惨な……いや、壮絶と言うべきかね」
書士隊護衛の二人が目にしたもの。ウィンブルグは事前に調査初日で双眼鏡越しに見ていた岩陰。そこで二人を待っていたのは、ハインツが語った通りに拳大の地下水脈へ続く空洞が一つ。そして、その周囲に散乱する刺激と腐臭漂う空間であった。
「排泄物……それに、吐瀉物も」
「うむ。おそらく砂漠と雪山では環境が違いすぎて身体が受け付けなかったのだろう。僅かに受け付けた栄養と水で命をつなぎ、やっとの思いで生活していたのだよ。それが、あのやせ細った身体の原因であろうな」
モンスターと言えど、天と地ほども異なる雪山と砂漠の環境差に身体が適応しなかった。これがハインツの出した答えだった。ウィンブルグが接敵の際に間合いを測り間違えたのも、毛量の体積に対してあまりにも本体が貧弱であったからに他ならない。
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