惨劇
/Transmigration …vol.05
・
村は惨劇の舞台と化した。
四方から聞こえる獣の蛮声。
勢いを増して逆巻く炎と黒煙。
逃げ惑う人々が引き裂かれ食い千切られ、何処から現れたのかも判らぬ魔獣の群れの餌食となる。
助けを求める声は届かない。息子の盾となって父が喰われ、娘を突き飛ばした母が炎上し倒壊する家屋の底に沈む。
「誰かぁ!」
「助けてくれ!」
「喰われたくない!」
「おとうさん! おかあさん!!」
古いながらも高さのある壁に囲まれた村では逃げ場がない。
それら地獄もかくやという光景のなかで、教会の男たち──修道士が村人たちを教会へ誘導しようとする。神の守る聖域であれば、あるいは殺戮の獣共を払いのける効果もあるやも知れない。
しかし、神に仕える信徒であろうとも、漆黒の体躯に赤い紋様を浮かべる〈魔者〉は容赦なく牙を剥いた。
さらに、襲撃する者たちは……〈魔者〉だけではなかった。
その人影は音もなく声もなく現れる。
「な、なんだおま」
えら、という間もなく、子供を背に抱えた修道士が胸を短剣で貫かれていた。心臓を一突き。目の前の凶行に泣き叫ぶ子供にも、無慈悲な刃が振り下ろされた。
黒衣を纏った“影”の集団は、一見すると夜盗や野伏の類に見えるが、その殺人技は洗練され完成されたものばかり。
部隊長らしい赤茶髪の男が振り下ろした掌と共に、袋小路と炎に囲まれた集団が弓矢の斉射で一掃されていく。
男も女も、老人も子供も、生まれて数日だろう赤ん坊に至るまで、殺された。
殺戮の狂宴は、わずか十数分の内に幕を下ろした。
ついに、100人近い村人らが全滅したのを認め、〈魔者〉の集団は湖近くの教会を目指す。
その途上で。
「!!」
襲撃者たちの先頭──豹の〈魔者〉が鮮血を吹いて倒れた。
それも、三体同時に。
〈魔者〉と“影”の進軍が、たった一人の力によって阻まれる。
「……遅かったか」
老女は〈魔者〉たちが背にする村の惨状に眉をしかめる。
避難誘導のために派遣した修道士たち──院長は彼らの冥福を祈ることしかできなかった。
「ここから先へはいかさないよ。『憐れにも歪められた者』たち」
その身を包むのは黒い修道服。見た目は老齢の修道女だが、両手に二振りの剣を提げている姿というのは、あまりにもそぐわない。
「このさきにあるのは私の孤児院だ。ウチの子ども達に手を出すというなら、誰であれ何であれ、容赦なく斬る」
漆黒のヴェールを翻し、クローガ院長は剣を構える。
魔獣らは警告など聞く耳持たぬ勢いで、攻め寄せた。
「神よ。──我が子ども達を、守る力を与えたまえ」
ほのかに燐光を発する掌の傷。
その光はクローガ院長の剣を包み込み、光の粒子を纏い始める。
・
消灯から間もなく叩き起こされた孤児たちは全員、教会の中央に位置する礼拝堂に集められた。
修道女たちが毛布を羽織らせ、心配ないと励ます声に頷きはするが、村から聞こえる獣の雄叫びや人間の断末魔を遠くに聞くというのは、いろいろな感情を掻き立てられる。
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