10話 弔いの為に
――――いつしか朝だった。
岸壁街の住人には、無論のこと表オースの火葬場を使うことは許されていない。たとえ正規の手続きを踏み、相場の金子を支払う用意があろうと、そんなものは斟酌の材料にすら当たらないだろう。
そも、オースの住人でない者に、葬儀が施される権利などないのだから。
元は探窟家であったウィローも組合から籍を除かれて久しいという。今更、彼奴の居るかも分からぬ遠い遠い親類の、あるかも定かでない伝手を手繰るというのは土台現実的ではない。
故に貧民窟の人間が、しかしそれでも、死者を送りたいと望むならば。
日頃は屑拾いの為に赴く廃棄物溜めのさらに奥へ踏み入ると。
そこには赤土の荒野が広がっている。廃棄物の毒に侵され草木も生えぬほどに穢された土は、まるで凝り損ねた血塊めいて薄汚い。
――――いや、比喩であるものか。この土に、大地には真実、夥しいまでの血潮が染み付き溶けている。
「なんとやらが夢の後だな。えぇ? そう思わねぇか、爺さん」
土に掘った穴はおおよそ一畳半。そこに薪木を組み、敷き詰めて焼き場を作る。
火葬……と言えば聞こえもよかろうか。ただの野焼きだ。塵を焼却する行為とこれの何が違う。
老人の遺骸は、穴に納めればより一層小さく、痩せ細って見えた。芥も同然に。
「……」
松明に火を着ける。心持ちどころかここは空気すら乾ききっている。松明はこれでもかと火勢を強めた。
そして、薪木に火を掛ければ……そこで不意に、思い留まらせるものがあった。
懐からそれを取り出す。合金製の小さな四角形。前と中ほど二ヶ所に孔があり、ここに気息が吹き抜けることで音が鳴る。
ウィローの黒笛だ。
「持って逝くか?」
尋ねてみても返事はない。
笛。探窟家の笛である。己とは無論のこと、縁のない品だった。
聞けば探窟家にとって笛とは何より重い意味を持つという。
実力や年期の深さによって所持を許される笛の色は変わっていく。黒は確か、上から二番目だったか。
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