15話 大捕り物
男は有り体に言えば落伍者だった。
秘宝と神秘の坩堝、奈落に一攫千金の夢を見て南の果ての孤島を訪れた。過去そうして海を越えやってきた幾人、幾万人の夢追い人達同様に。
そしてその甘やかな夢想の大半は押し並べて、初探窟の帰路であっさり打ち砕かれる。
酷烈、凄絶、凶悪。滴るほどの悪辣さで襲い来るアビスの原生生物、そしてなにより人間を、人間だけを許さぬアビスの呪によって。
恐怖と後悔を反吐として地面に撒き散らした日、男の心は折れた。命辛々地上に生還した男はそれきり探窟に赴くことを止めた。
とはいえ命を拾ったからにはそれを存続する為の活計を営まねばならない。オースへの渡海費用、アビスの探窟装備諸々、それらに私財のほとんどをなげうってしまった男は日々糊口を凌ぐのにさえ難儀した。
旅費を捻出できないのだから故郷に帰ることもできない。男が食い詰め者として岸壁街に身を寄せたのはもはや自然の成り行きだった。
浮浪者として貧民窟で暮らして一ヶ月目。
パン一つを取り合って相手を血達磨になるまで石で殴りつけた日もあった。動かなくなった男がその後も生きていたかは知らない。
物乞いの子供の上りをせしめたこともあった。追い縋ってくる子供を、やはり石で打った。背中越しに苦しげな泣き声を聞き捨てた。
鬱屈と苛立ちが心胆を炙る。後悔、後悔、後悔、止まぬたらればを思う毎日。
こんなところに来なければ。アビスに憧れなければ、こんな。こんな!
そんなある日、不意に。
奇妙な男達に出会った。黒服の、明らかに堅気の人間ではない、剣呑で陰惨な空気を纏う彼ら。
彼らは仕事を斡旋してきた。その仕事は、簡単に言えば“荷物運び”だった。
岸壁街の近く。塵溜めの奥地に潜むように建った“工場”の中で、巨大なゴンドラに様々な大きさの箱を積み込む。
そのゴンドラは、どうやら奈落を昇降している。
荷は大半が物だったが、ある時男は気付く。大量の箱の中に時折、声を発する箱が混ざっていることに。
たすけて
男は無心に荷運びを繰り返した。老若男女様々な声を無視して。ただの普通のくだらない作業を繰り返した。
あまりにもうるさく騒ぐ箱は厳重に空気漏れすら無いよう梱包した。静かになった。
箱の中身が逃げ出すこともあった。そういう時は雇い主から持たされた鉄の棒を使う。ある程度大人しくさせてまた箱詰めする。
“作業内容”が増えてくると、報酬はどんどん上がっていった。仕事に従事していれば高い賃金とは別に食事まで用意された。
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