016話
「イルカ像がない?」
「ああ、過去にあったのは事実みたいだが…」
翌日。詩人は再びフルブライトの屋敷を訪ねてその報告を聞いていた。フルブライトとしては別に詩人を泊めてもいいと思っているのだが、詩人自身が小さくてもフルブライトに借りを作るのを嫌がっているため、ウィルミントンの宿屋に泊まるのが通例だった。
「10年以上前の先代の時分だな。屋敷の物の価値を計るために、家財のいくつかを鑑定に出したらしい。そのうちの一つにイルカ像があったと当時の者が証言した。
それで運輸するために船に乗せたまではよかったが、海賊ブラックに襲われて金目の物は全て奪われたらしい」
「おいおい…」
「ジャッカルだったら皆殺しに遭っていただろうから、まだ運がいいといえばいい。情報は残ったのだから」
「だが、確かブラックは死んだだろう?」
「ああ。数年前に嵐に巻き込まれたとあるな。一応生死不明の扱いだが、音沙汰が全くない。
普通に考えて死んでいる」
「じゃあ結局イルカ像は行方不明か…。新しいオリハルコーンを探した方が早いか?」
「そうでもない。グレートアーチに、海賊ブラックに詳しい男がいるらしい。ブラックの船に乗っていたことがあるらしく、財宝の洞窟の情報を売って生計を立てている。
ハーマンという老人だ。一度会ってみてもいいだろう」
そこで話を区切る。
「現物を渡せなかったのは心苦しく思うが、これで約定は果たしたと考えていいかな?」
「…ああ。正直不満だが、仕方ないな」
フルブライトはイルカ像を渡すとは約束していない。フルブライト家に本当にイルカ像があるかも確認していないのに、安易にそれを渡す約束などする男ではない。最悪、詩人がフルブライト家にイルカ像があると嘘をつき、フルブライトがイルカ像を渡すと確約してしまったら。フルブライト家にイルカ像があった痕跡が無かったとして、それでもイルカ像は渡さなければならない、フルブライトがイルカ像を用意しなくてはならないのだ。このくらいのペテンは商人同士なら当たり前にやる。
だからフルブライトはイルカ像に関する全てを渡すと、やや条件をぼかして約束した。その用心は実ったと言っていいだろう。フルブライト家にイルカ像があった事、奪われた経緯、その相手。そこまででも良かったのだが、ハーマン老人の事を伝えたのはフルブライトなりの誠意だった。フルブライトとしても詩人は敵に回したくないのだ。イルカ像がフルブライト家にあると突き止めてやってきて、それを受け取る交渉までしたのに現物がない。これはかなり不満に思うはずだ。上げて落とされたのだから。
そこでフルブライトが誠意を見せることによって怒り難くする。悪意はなかったし、協力もするから落ち着いてくれという訳だ。詩人としても怒ればイルカ像が出る訳でもなし、協力してくれるなら強く出る意味もない。自身が言った通り、仕方なくこれで話をおさめるしかないのだ。
「それじゃあ俺はイルカ像を探しに行く。また何かあったら連絡をくれ」
「納得して貰って嬉しいよ。頑張ってくれたまえ。何かあったら頼りにさせてもらう」
そう言って詩人はフルブライトの屋敷から出て、ウィルミントンから旅立つ。ひとまずバンガードに戻り、道連れ二人の様子を確認しなくてはならない。エレンはともかくとして、エクレアの面倒は見なければならない。もちろん、それを本人に言うつもりはないが。
しかし、簡単に入手できると思っていたイルカ像だが、幸先悪く行方不明。宿命の子の可能性があったエクレアもそうでない事が判明してしまった。
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