シュバルツバースで遭遇する危機と便意
先行した機動班の作るハンドサインは「こちらへ来い」を指し示していた。
3号艦"エルブス"号の生き残りたる小生らは、息を殺して機動班の背に従い、人の住めぬ歓楽街を物陰から物陰へと移動していく。
『解析を開始します。解析を開始します……』
一行は大通りに比べて物静かな小路へと入り込む。すると耳元で"バケツ頭"の通知音声が周辺環境の変化を知らせてくれた。
音波探知、電磁波探知、放射線測定、サーマルセンサー……、ありとあらゆる内蔵センサーが目まぐるしく働き、目の前の小路が小生らにとって著しく危険なものであることを予告してくれる。
解析の結果を受け、通信機越しに先行する強面の隊員が忌々しげに呟いた。
「……ここを通るのは無理だ。デモニカスーツをもってしても人体に看過できぬ悪影響が出る」
差し詰めダメージゾーンとでも言えばよいのだろうか。
医療設備が充実していれば強行突破もあり得ただろうが、今の小生らは補給を受けられぬ孤立無援の状態であった。
「けど、迂回路もないでしょう? 付近の大まかなマッピングは終えてありますが、"エルブス"号は間違いなくこの方向へと進んだところにあるはずです。いち早く母艦にたどり着くことが、今の我々のミッションでは?」
観測班の言葉に一同は渋面を深める。
彼の言うことも尤もで、小生らには早急に母艦へと戻らなければならぬ理由があった。
「急がば回れという言葉も、アジアにはある」
「いっそのこと、班を分けてみては?」
「それはダメだ。各個撃破の的になる」
隊員たちの言葉に熱気が籠もり、共有の無線回線がにわかに騒がしくなる。
船頭多くしてというわけではないが、こう言う時は民主的に答えを見出そうとしても駄目だ。後に禍根を残すことを小生は経験則で知っている。
小生と同じ結論に至ったのか、暫定リーダーを努める黒人隊員が口を開いた。
「……迂回しよう。直行したところでこの先に道が続いているとは限らないからな。リスクは可能な限り排除するべきだ」
隊員たちが静かに頷く。一度全体の方針が決まれば、話は早い。皆が皆、この危機的状況で我を張る危険は重々承知しているのだ。
即座にしんがりを努めていた機動班の隊員が先行役へと早変わりし、
「敵性存在。インジケータに感あり! あぁ……、サノバビッチ。"奴ら"が来た」
引き返そうとしたところで、大通りをふらふらと動く影を複数目視できた。
生気のない眼に青黒い不気味な肌。それに、不自然なほど膨れ上がった腹。トラちゃんさんはあれを"ガキ"と呼んでいた。
恐らくは故郷に伝わる餓鬼のことだろう。言われてみれば高校時代に何処かで見かけた地獄絵図で見かけたものに良く似ている気もするが、大事なことはあれが"悪魔"だということだ。
「あっ! ちょっと皆、こっちに隠されたゲートがあるわよ!」
「助かる……! 全く女神様の加護がなければ、俺たちは今頃悪魔の腹の中だろうな……」
「もっと誉めてくれてもいいのよ?」
我々の"女神様"と見比べるように、"悪魔"たちの醜悪な姿を視界の端に捉えつつも、小生は隊の後尾に付き従う。
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