シュバルツバースで苗作りと極小宇宙
小生が発見したドクターと看護師――。新たに救出された医療班の二人には、幸運なことに大きな負傷は見受けられなかった。
あるのは極度の疲労のみで、それも彼らを匿っていた女悪魔に精神エネルギーなるものを捧げたせいであるようだから、おおよそ必要経費と割り切っても差し支えはないだろう。いかなるコストも、生命と天秤に計って高くつくものはないのである。
隠し部屋から女悪魔の肩を借りてロビーへと出た彼らは、早速他の隊員たちから熱い祝福を受け、涙ながらに抱擁された腕の中で微笑んでいた。
「先生方、良くあの地獄から逃げ延びることができたなあ!」
「ははは……、巡り合わせが良かったみたいで……」
資材班やインフラ班にもみくちゃにされながらも、ドクターは傍らにふよふよと浮かぶ女悪魔を見ながら言う。
すると、「私役に立ったでしょ」と言わんばかりに童貞を殺すジャケットを着こなす彼女は嬉しそうにはにかんだ。
二人の目のやり取りを見てつまらなそうにしている女性看護師も、巡り合せに感謝していることに変わりはないようだ。
ゼレーニン中尉の介抱を受けながら、自分たちはただ運が良かったのだと身震いしている。
窓際の門番に戻った小生は、ドクターたちと女悪魔の微妙な距離感を遠巻きに眺め、
「……友好的な"悪魔"なんていうのも存在するんですねえ」
と声を出す。"悪魔"の存在を感知した瞬間に予期した荒事の気配は、既に的を外したものとなっている。
胸を撫でおろす小生に、トラちゃんさんが呆れた声を投げかけた。
「そりゃ、そうでしょ。アクマにだって色んなのがいるし、皆違った価値観を持っているもの」
「何処ぞの女神様のようにな?」
「うっさい、カンバリ!」
確かに彼女の言う通りだ。カンバリ様が言うにはトラちゃんさんらもアクマの一部であるらしく、つまるところ小生らの味方をしてくれているのはあくまでも彼女らのパーソナリティや倫理観が人間に近しかったからに過ぎない。小生らが生き残ったのは、奇跡の出会いに奇跡が重なった結果なのである。
彼らのやりとりからもたらされる知見は、実に多くの困難を示唆していた。
例えば、敵性の"神"がいるかもしれないという可能性。
そして、人間の中にも「色んな」ものがいるという客観的事実。
小生はちらりと隊員たちの一角を窺った。
言うまでもなく、小生らにとって新たな生き残りの知らせは慶事であったが、恐らくこのニュースを一番喜んでいるのはドクターたちに直接助けられた者たちのはずだ。自然と、小生の目が動力班の青年へと向けられる。
彼は恩人の生存を知り、明らかな喜びを見せていたが、それと同時に屋内で羽ばたく異分子の存在に眉をも顰めていた。
ドクターの傍を片時も離れない女悪魔の姿が、彼らに警戒心を抱かせているのだろう。
この際、先方に敵対する意志があるのか、それとも好意的であるのかは関係あるまい。
我々と人ならざる存在は、既に理不尽な暴力を介した最悪の出会い方をしてしまっているのだ。
ファーストインプレッションは早々拭い取れるものではなく、下手をすればトラウマになっている可能性すらある。
故に彼の警戒も理解できなくはないのだが……。
と考えを巡らせている内に、外回りの機動班が帰ってくるのが窓越しに見えた。
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