ハーメルン
僕が響になったから
work a talk(3)

 午後2時、ようやくお昼の喧騒がひと段落していた。この時間にもなればホールもそんなには忙しくないので、僕は遅めの昼食を採っていた。マスターが用意してくれたコーヒーとタマゴサンドをもぐもぐと頬張っている。

 うん、やっぱりタマゴがボリューミーでおいしい。それに、パンも新しくて昨日の賄いで食べたたまごサンドに比べてふわふわだ。

 ただ、この喫茶店はバックヤードと言うものが無いので、奥の席に座って食べることとなっている。そのせいか、お客様が結構こちらを見てくるのが気になるのだけれど、その人たちが皆『たまごサンド一つ』と言っているので、まぁ、お店の営業になっているんだろうなということで良しとする。

 あと今日のコーヒーはマスターのオリジナルブレンドではなく、モカだそうだ。確かにいつもとは違う味で、酸味がちょっと強い。でも、マスターの腕のおかげかものすごく美味しいコーヒーに仕上がっている。

『マスター、あの子の飲んでるコーヒーは?』
「モカですよ。試されてみますか?」
『ぜひ。いやぁ、美味しそうでなぁ』

 …営業、営業だから視線とかは気にしないことにする。


 
 昼食を食べた後はゆるやかな午後のひと時だ。皆コーヒーを片手に各々の時間を過ごしている。僕はそんな人々の邪魔にならないように、カウンターの傍らにひっそりと立ち、目を配らせる。

 あるご老人は煙草をくゆらせ、あるスーツを着たおじさんは新聞を広げ、あるおばさんはラジオに傾注し、学生は学生で静かにお喋りを続ける。
 
 うん、良い雰囲気だ。ここの喫茶店は本当、アルバイト先として当たりだと思う。ただ、僕には何の身分証がないので、早めにそこらへんを解決しなくちゃいけないなと思っている。ま、今は仕事中だし、方法は追々考えるとしよう。

『響ちゃん。コーヒーのおかわりをお願いね』
「はい、かしこまりました」

 ラジオを聞いていたおばさんからカップを受け取ると、カウンターのマスターへとコーヒー追加のオーダーを通す。慣れたもので、マスターも頷くだけだ。そして僕はカウンターの洗い場にカップを置くと、コーヒーが出来るまではカウンターの傍らでまたひっそりと店全体を眺めて動く。

「お待たせしました」
『ありがとう、響ちゃん』

 おばさんはそういうと、またラジオへと没頭する。うん、なんというか、これぞ喫茶店といった雰囲気だ。

 そして、この時間ともなれば、休憩目的のお客様も喫茶店のドアを叩いてくる。

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
『ええと、3名です…って、あら?』

 喫茶店のドアを叩いたのは、数日前に荷物を持ってあげたおばあちゃんと、そのお弟子さんたちだった。お弟子さんは今日も重そうな荷物を2つばかり抱えている。

「お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
『貴方こそ。ここでアルバイトしているのね。知らなかったわ』
「働き始めたのが昨日からですから。まだ覚えていないこともおおいのですけれど」
『へぇー。頑張ってね!』
「はい。ええと、3名様ですのでテーブル席の方へどうぞ」

 おばあちゃんとお弟子さんを席へ通し、水とおしぼりを手渡し、注文をとる。知り合いだろうが初見さんだろうが、この行為に差異があってはいけない。それが接客業だし、知り合いを贔屓にするとどうしても嫉妬心が生まれてしまうからだ。喫茶店を楽しむのに、不快な思いをなるべくさせちゃいけない。とはいっても、場合によりけりではある。

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