7話 言葉では伝わらないこともある
◆◆◆
親父に笑いかけてもらった記憶はほとんどない。
旅行に連れていってもらったこともないし、褒められたことだってほとんどない。
物心ついてから覚えている親父の姿は、いつも不機嫌そうに金槌を振っているか、ノコギリを引いているか、図面を眺めているか、そのどれかだった。
俺がある程度成長してからは、大工の技術を仕込まれる日々が始まった。
間違えては怒鳴られ口答えしては殴られ、仕事の基礎を延々叩き込まれる毎日。当たり前だが全然楽しくはなかった。
不満だったのは修行についてだけじゃない。
親父は仕事中もむっつり押し黙り、常に眉を寄せている。手掛けている家が完成しても大して表情も動かさず、達成感などを感じているようにも見えなかった。そして次の日にはすぐ新しい仕事に取り掛かり、また黙々と仏頂面で作業し続ける日々。一体何が楽しいのかと疑問に思うばかりだった。
正直辛い大工修行などさっさとやめたかったが、情けない話、親父に怒鳴られるのが怖かった俺は嫌々ながらそれを続けてきた。
おかげで技術だけは無駄に身に付いたと思うが、こんな心境でやってきた仕事を好きになれるはずもなく、俺は日々鬱屈した感情だけを募らせていった。
そんな俺が唯一気を紛らわせることができたのが、本を読んでいる時間だった。
聖剣に選ばれた勇者が魔王を倒すという、まあ内容自体はありきたりな英雄譚だ。でも、修行漬けで娯楽なんかほとんど知らなかった俺にとって、それは何にも勝る心躍る時間だった。
中でも俺が強烈に憧れたのは、主人公である勇者ではなく、その相棒の武闘家だ。勇者と違って聖剣もなく、精霊による加護もなく、出自もただの農家の次男坊。女にモテるような描写もなく、言ってしまえば勇者の引き立て役だったのだと思う。
だけどそいつの、自分の力だけで敵を倒し仲間を守る強さに、俺は強烈に憧れた。何度も読み直す内にその憧れはどんどん強くなっていき、自分もこんな風になりたいと思い始め、そしてある日、俺は武闘家になることを決心していた。
空想話に中てられたガキの妄想ではあったけど、それでも俺が初めて自分で選んだ道だったんだ。
そして今じゃこんなに強くなった。昨日は頭に血が上って情けないことになっちまったけど、今日のこの姿を見ればきっと親父だって俺を認めてくれるはずだ。
「そうだ、どうせなら親父がピンチになってから助けた方が効果的かもな。俺より強い親父がこの辺の魔物にやられるわけねえし、しばらく物陰から様子を見てようか。はは、そうだな、それがいいや」
俺はそんな親不孝なことを考えながら北門へ向かい、そして、
「っ!?」
――敵に囲まれて血を流す親父を見た瞬間、全てを忘れて地面を蹴った。
「親父いいいっ!!」
「ハッサン!?」
膝を着く親父に大量のギラが撃ち込まれる寸前、どうにか俺はその射線上に割り込んで両手を構えた。そこへ炎が突き刺さる。
「ぐうううっ!?」
凄まじい熱気が肌を焼き、苦痛から思わず逃げ出したくなる。
だが自分の後ろには傷付いた父がいるのだ。なんとしてもこの攻撃だけは凌ぎ切ってみせる!
師匠がやっていたことを思い出すんだ。手に意識を集中させ、集めた魔力で拳を覆い、そして――――拳圧で魔法を消し飛ばす!
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