大井は手に持った剣で、深海棲艦の空母を貫いた。
無表情の顔に苦痛が交じる。恐怖が交じる。そして死の色が交じる。
口を開き、声にならない声をあげる彼女を見つめながら、大井は力をさらに込めて剣を押し込み、捻り、持ち上げた。絶叫が耳を打ち据えた。
「───ッ!?───ッ!!」
「……悪いわね」
憎悪の籠もった瞳を向けられた大井。歴戦の艦娘であっても慄くであろう形相をみつめながら、こんなに近くで彼らの顔を見たことがあっただろうかと大井は思う。
そして味方を串刺しにされて怒り狂い、此方に砲門を向けてきた深海棲艦達を見咎めると、腕を動かし剣に貫かれた仲間の空母を彼らの射線に挟み込む。盾にしたのだ。
下級の深海棲艦に思考能力はない、というのが彼女の提督の理論である。
であるならば、彼らはどのような状況であったとしても、種としての本能を優先することになるのだろう。
空母、ヲ級と呼称される深海棲艦は、剣に貫かれて瀕死の状態でありながらも生きていた。否、あえて急所を外した大井によって生かされていたのだ。
もし深海棲艦に考える力があれば、ヲ級ごと砲撃によって大井を攻撃したにちがいない。
ヲ級は死に体であり航空戦力としては期待できず、この状態では継続戦闘どころか撤退も見込めない。さらには命を艦娘に握られて利用されている以上、どう足掻いても行く末は決まっていた。
「提督の言うとおりね。いけるわ」
しかし、彼女と対面する深海棲艦達は同士討ちを避けなければならないという、種の本能に従った為に動きが止まってしまう。大井の狙い通りであった。
彼女たちには考える力はなく、自分たちや命を握られているヲ級の運命を想像する力もなかったからだ。
こうして彼らは大井に対して隙を見せてしまった。
大井は口を三日月のように歪めると、ヲ級を盾に砲撃を開始する。大井からすれば、ここまで距離が近いと外すことの方が難しい。
軽巡級や駆逐級の深海棲艦はなす術もなく、大井によって蜂の巣となり、海の中へと沈んでいった。
装甲がある重巡はその砲撃に耐えきる。しかし爆風と爆煙を隠れ蓑にした大井の接近を許してしまった。
「これで終わり」
大井は串刺しとなったヲ級を重巡へ蹴り飛ばす。剣から抜けたヲ級の身体をとっさに重巡は受け止めた。受け止めてしまったことが、彼女の最後であった。
射線を塞がれ、視界を塞がれ、ヲ級を抱きとめることにより両手が塞がった重巡に対して、大井は魚雷を放ってその横を駆け抜けた。
大井の姿を重巡が、既に事切れたヲ級の空虚な眼が映す。もし彼女たちに理性があったならば、大井のことをこう呼んでいたかもしれない───悪魔、と。
背後で巻き起こる爆発の振動を背中に感じながら、大井は次の獲物を視線で探し始めた。
単独であり、軽巡である大井という艦娘の優先度は、深海棲艦からすればとても低いものであった。
戦艦や空母などといった高クラス、高火力、もしくは複数の艦娘から成る艦隊が戦場においては第一の驚異として認識されているからだ。
大激戦の様相を見せ始めた海上にあって、単艦の艦娘、それも軽巡という火力も低い艦娘をあえて狙おうとはしなかった。
モンスターハンターで例えるならば、危険な古龍がいるのにザコ敵を第一に注意を払うやつはそうはいないだろう。彼らが大井に対して向ける認識も同じようなもの。
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