ハーメルン
緋色の羽の忘れ物
第四話

『本日もこの時間がやってまいりました。人と異界存在と車の明日を目指す、カダス自動車がお送りするハッピーサタデー・カダスプラザ!』

 少し曇り気味な土曜の昼。コルネリウスはおよそ仕事には不向きな柔らかさのソファに身を預けながら、山と積み重ねられたFAXに目を通していた。
 場所は彼の持ちビルの四階にあるオフィス。一階及び二階はやはり彼がオーナーを務める書店『Smaragd』が入っておりそれなりの賑わいを見せているが、各種防音設備の整った四階にはラジオから流れてくる軽快な音楽と、それに合わせて読み上げられる新車種の宣伝しか聞こえていない。

「ここはまた新レーベルかぁ? せっかく伸びてきた既存のが停滞してるだろに……」

 先程から彼が読み続けているFAXの山は、HL内だけでも無数にある出版社からの販促だ。思春期の青少年向け義体化ハウツー本から、営業で使える魔術地雷式まで。多種多様な書籍の入荷を薦めるものである。
 とはいえ、コルネリウスはあくまでオーナーであり店の経営は雇われ社長である異界存在に任せていた。つまりこの作業は彼の好みの本を入荷させるための、要するに趣味の一環に過ぎないし、別に土日に限った話ではなく平日でも見られる光景だ。
 世の中の大多数の労働者に羨まれ、あるいは睨まれそうな姿ではある。しかしこれが『吸血鬼』コルネリウスの平時の過ごし方であった。彼も自らの怠惰を多少は自覚しているが、変える気にもなれない。安楽と怠惰は怪物ですら蝕む幸福で強力な毒なのだ。

(ヘンリエッテに知られたら随分とお小言を……いかん、またか)

 コルネリウスの脳裏に長く美しい金の髪を持つ少女が浮かぶが、彼は否定するように頭を振る。少女のことを考えたくないのではない。――――その少女を『妹』と認識してしまう思考を払おうとしたのだ。
 これは三年前より続く、コルネリウスの大きな悩みの一つでもある。

 三年前、コルネリウスはNYがHLへと変容する切っ掛けとなった『大崩落』と呼ばれる未曾有の災害の只中にいた。そこでは今も整理しきれない程多くの出来事があったのだが、コルネリウスにとって重要なのはただ一事。
 『血界の眷属』とも呼ばれるこの世でも特段に精強な種族の一員であるはずのコルネリウス。その彼が消滅の間際まで追い詰められていたということだ。
 幸い、彼はその場を切り抜けることに成功したが代償も大きかった。そうなった経緯の過半を含めて多くの記憶を失った――――否、『奪われた』上に肉体は基本的に夜の間しか吸血鬼でいれなくなってしまう。そして誰のものかわからぬ記憶を、これも中途半端に持ってしまった。少女との記憶もその一つだ。

 だが吸血鬼は自然死などしない正真正銘の長命種である。そして大多数の種とは違い、生殖を主な増加手段としていない。

(まぁ自らの血族に連なる吸血鬼を作る『転化』をどう捉えるかは、学者によっても分かれるんだが……)

 コルネリウスは一瞬思考を脇道に逸らすも、すぐに軌道修正する。

(少なくとも精神的ではなく、生物学的に"血が繋がった"と認識する兄妹がいるってのは不自然だわな。兄妹で転化とか、可能性だけなら無くもないが)

 なのでヘンリエッテという少女の記憶、そしてそれに付随するであろう親愛の情は他人の記憶に属しているものだ。自身のものと信じている記憶と違い少女との思い出が精々この二十年程度のものだけということもあり、コルネリウスはそう判断している。

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