01.便意、解き放つ時
「う○こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
時は201○年3月下旬。まだまだ朝晩は寒いが日中はすっかり春らしくなったそんな爽やかなある日。
大阪は福島区、『将棋会館』と壁に大きく書かれたビルの五階。
窓から身を乗り出した漢はベルトを緩めると神速でパンツごとズボンをズリ下ろし、窓の外へケツを突き出しつつ咆哮した。
「清滝先生を止めろ!!」
「ええ大人が何しとんじゃぁぁ!?」
「う○こぉぉぉぉ!! う○こぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「やめろぉぉぉぉぉぉ!」
将棋連盟関西本部の五階は、その漢───清滝鋼介九段(50)と彼を止めようとする職員や同僚プロ棋士達とのせめぎ合いにより大混乱に陥っていた。
「師匠!! 馬鹿な真似はやめてください!!」
「放せぇぇぇ! 八一ぃぃぃ! わしはここからう○こするんやぁぁぁぁぁ!!」
「何を言ってるんですか! ここは師匠のトイレじゃないんですよっ!」
俺───九頭竜八一(17)は師匠にしがみつき必死に引き戻す。
なぜ、我が師匠はこのように荒ぶっているのか……
その原因はつい先ほど決着のついた対局にある。今日行われたのはとある雑誌で企画された俺と師匠の師弟対決である。初の師弟対決に師匠の胸を借りるつもりで意気込む俺。そして鷹揚に受けて立つ師匠。始まる前までは今日の対局が素晴らしいものになると誰も疑わなかった。俺が勝ってしまうまでは。
記念すべき初の師弟対決で俺に敗れた師匠は持ち駒をぶちまけて投了を示し、しばし無言で怒りに震えていた。
その、大人げない態度に周囲はみんなドン引きである。誰も声を発せず、ただ俺たち二人を見守っていた。
その後、突然窓に駆け寄った師匠は何を思ったのか、そこから溢れんばかりの便意を解き放とうとしたのだ。
そして、時は今現在に戻る。
「う○こでりゅぅぅぅぅぅ!!」
さすがにう○こでりゅのを看過することはできない。
もはやこれまで! 師匠相手にやりたくはなかったが……将棋界の、そして何より俺の師匠の名誉を守るため最後の手段をとるしかない!
「『竜王』として命じます!! 清滝九段! 大人しくトイレに行ってください!!」
「ッ……!!」
凍り付いたように師匠は固まる。
説明しよう! 将棋界では、伝統と格式が重んじられる。そして俺は先日、将棋界でも最も権威のあるタイトルの一つ『竜王』を得ている。格上のタイトル保持者である俺の言葉は例え師匠といえども無視できないのだ!
「さあ! 早く窓から降りて!!」
「…………クズ竜王」
「あぁ!? 今何って言った!?」
「何が竜王や! まともな竜王は11連敗もせんのや! おまえなんぞクズ竜王で十分や!!」
「そのクズ竜王にたった今負けたのはだれだよ! クソじじい!」
「何やとぉ!!」
「何だぁ!!」
師匠も俺もヒートアップし、もはや収集がつかないかと思われたその時。
「八一」
「あっ! 姉弟子!!」
年下の姉弟子である空銀子が話しかけてきた。
姉弟子なら……姉弟子ならなんとかしてくれる!
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