ハーメルン
指し貫け誰よりも速く
第十四話

 クリスマス・イブ前日。帰郷でもお世話になる特急列車で向かうは決戦の地。石川県七尾市に位置する高級温泉街の代表格名宿ひな鶴である。こうも温泉地が続くと姉弟子が温泉好きになるのも良く分かる。
 駅から旅館までマイクロバスで向かうと通行人がちらほら手を振ってくれた。恐らく大盤解説の参加者だろう。三連休の初日ともあって何事かと此方を見る家族連れも多い。
 玄関で旅館の女将さんが出迎えてくれる。

「ようこそお越しくださいました。当宿の女将雛鶴亜希奈でございます」
「九頭竜八一です。よろしくお願いします」

 すぐに彼女自ら宿泊部屋と対局室を案内してくれるそうだ。臥龍鳳雛の間。そこが2ヵ月続いた戦いの終結地である。美人女将に信濃竜王が将棋の話題を振って一刀両断される一幕があり検分が速やかに行われた気もするが他に問題なく夕方となった。

「君が九頭竜君?まだ子供やないけ?」
「雛鶴の奴が生きていたらどんなに喜んだことか」
「亜希奈ちゃんを説得するが大変だったわい」
「まあ一杯飲まんか」

 地元関係者が集まった前夜祭。何故か来賓が多く挨拶回りが大変である。気の良い人達が大半なのが救いか。背中をばんばん叩いては飲めない酒を勧めてくる。断るとわははと笑ってお前の分もだと飲む。
 赤ら顔が揃ったテーブルに小さな子が給仕に来てくれた。

「料理をお持ちしました」
「おお、あいちゃんあんやとなぁ」
「これ儂の孫なんじゃけど会ってみん?」 
「うーん。お母さんに相談してみます」
「あ、いやせんでいい。ほ、ほーや知とっけ?この先生はな。次勝てば竜になるんや」
「りゅ、竜ですか!」
 
 苦笑して勝てばねと頷く。女将さんそっくりの容姿を見るに旅館の娘さんなのだろう。目をきらきらとさせて此方を見上げてくる様は見ていて微笑ましい物がある。人気が出るわけである。 

「それも竜の王や」
「竜の王様!?」
「儂は先生と仲良しだからあいちゃんの為にサインをあたろう」
「わー」

 既にキラキラが溢れ出ている子供を前に断る選択肢はない。彼女はこちらに頭を下げると戦利品を抱えて部屋を出て行った。入れ替わりに入ってきた女将さんが此方を見ている気がするが気のせいと思いたい。

「かんにんな先生。ついのう」
「いえ、既に腹はくくってますので」
「はっは。あんたなかなかきかんじー。気に入った!」

 応援する気があるのなら背を強く叩くのと飲み物に酒を混ぜるのを止めて欲しい。老人は更に周囲の有力者を呼び始めた。現地の熱心なファンを得たと考えて少し分からない方言の嵐に相槌を打つことにする。
 



 竜王戦七番勝負第7局ひな鶴対局一日目。朝8時43分臥龍鳳雛の間に入室したのは九頭竜七段。遅れること8分、信濃竜王が上座に着くと両者は駒を並べ始める。定刻9時。8期振りに第7局までもつれ込んだ激戦の主役はここに揃った。

「「よろしくお願いします」」
 
 両者無言のまま4手まで進める。八一は元々言葉が少ないので竜王が黙っていると言うべきか。記者達が退出する間もなく2六歩、8四歩、2五歩、8五歩と指され控室ではどよめきが広がった。第1局で竜王の研究に抑え込まれた相掛かりを八一が受諾したからだ。
 
「…っ!」


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