ハーメルン
指し貫け誰よりも速く
第六話

 別れの季節3月、八一の通う中学校は卒業式を迎えていた。今年は一月の指し初めから竜王、盤王、玉座、公共放送杯そしてつい先日の玉将と予選を戦い今も新人戦の真っ最中。中学最後の学期も休みがちであった八一。早いなと思いを抱いても仕方あるまい。
 今は式典を終了し証書入れと紅白まんじゅうを手に教室でだべっている。

「クズはすっかりプロ棋士だよな。もう幾ら稼いだ?」
「教えるかぼけ」
「実際凄いよお前は」
「好きな事をしているだけだ」
「これがな」

 自分が勝敗を重ねている間に同級生は皆高校受験を済ませ進学を決めていた。自分の決断を迷いこそしないが別れを惜しむクラスを見れば少しは悲しいものがある。

「お前待ちの行列だ。どうにかしろ」
「正直顔も知らん奴が大半なんだが」
「有名税だ。甘んじて受けろ」

 廊下で待ち受ける下級生達に背を向け指を指す友。そこを抜けた頃にはもみくちゃにされているだろう。しかし先程スマホに届いたメールには通用門と書いてある。遅れると機嫌を損ねるだろう。何より今日は少し陽が強い。

「ほら行け。お姫様が待ってるぞ」
「ああ、…じゃあな」

 人混みを抜けた八一の惨状は酷いものであった。制服と髪は乱れ饅頭はぺちゃんこ。嵐にもまれたかの様な有様である。

「姉弟子」
「八一遅い」
「すみません」

 塀の影から銀色が覗いた。彼女がいた場所は丁度日陰になっていた様で八一は安堵する。しかし彼女は何やら此方を見て機嫌を悪くした。

「ボタン、誰かにあげたの?」
「混雑で取れたのでしょう。もう着ることもないですし問題ありません」
「ふうん」

 二人はそれ以上の会話もなく自然と並んで帰路につく。土曜、昼間一切車の通らない交差点で律義に信号待ちをしていると銀子が口を開いた。

「私も高校行かない。一人暮らしする」
「判断するには早すぎませんか?あと二年あります」
「私はタイトルホルダーだし収入もある」
「収入の問題ではなく親御さんとよく話し合って下さい。家事も覚えた方が良いです」
「むかつく。バカ八一」
「はいはい」

 銀子が無茶を言い八一がなだめる。これは二人にとってじゃれあいに過ぎず喧嘩へと発展することはほぼない。彼が銀子に対し怒ることがほとんどないからである。
 体調不良を認めず将棋を指し続けたり度が過ぎた学校サボりをすると八一は銀子を無視。すると銀子は桂香に泣きつき呼び出された二人は和解する。
 この八一は諭しても怒鳴っても反発する銀子に最短の和解手段を選択しているに過ぎない。

「卒業おめでと」
「ありがとうございます」

 暖かな空気に居たたまれなくなったのだろうか。青信号と共に歩き出した二人の前に春先の小寒さは忍び寄ることも出来なかった。




「何であいつが、八一と。私より先に…」

 関西将棋会館で行われる新人戦第二戦、八一の対面には女流棋士が座っていた。今年5月末に女流帝位のタイトルを取った祭神雷女流帝位である。
 女流帝位となった彼女は帝位戦予選に参戦し鮮烈な勝利と共に一躍有名となった。他タイトルホルダーやA級棋士の予選免除がないその苛烈なタイトル戦で当たったA級棋士を喰ったからである。この新人王戦でもC1クラスを一人飛ばしてこの場に立っている。

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