第8話『過去へ告ぐ』
スズメの囀りが日の出を告げる。
相変わらず屋根の隙間にスズメが集まっているようだ。彼らにとって間桐邸の屋根は最高のベストプレイスらしい。
だからといって巣を作られたら大変困るが。
「おーい、桜ちゃん。朝御飯できたよー」
軽い拍子を刻むような足取りで階段を上る。
廊下を少し歩いて、桜の部屋にたどり着いた。来たばかりの頃は迷うことも何度かあったが、今では慣れたものだ。
真司は扉を二回ノックする。しかし、部屋の主からの応答はなかった。
「早く起きないと冷めちゃうし、弓道部の朝練に遅刻しちゃうんじゃないの?」
桜が寝坊するのは珍しいことだった。大抵は自分よりも早起きをして、手際よく朝の支度を済ませる。
そして、真司が寝惚け眼を擦りながらリビングに降りて来る頃には、テーブルに朝御飯が並べられている。
最初の頃は料理は真司の役割だったのだが、気まぐれに料理を教えて以来、メキメキと上達され、今ではすっかり桜に役割を取って代わられてしまった。朝のキッチンは既に桜の支配下にあるのだ。
真司も対抗して、桜が部活で忙しい日などは晩御飯を作ることはあるが、朝御飯を作るのは本当に久々だった。
だから、普段の恩返しも兼ねて、今日は腕によりをかけて作ったのだが…。
「おーい、具合でも悪い?……入るからねー」
いつまで経っても返事をしない桜が心配になった。もし熱でも出して倒れでもしていたら大変だ。
真司はドアノブに手をかけて、扉を開く。散々声をかけたのだから文句は言わせない。
「あれっ…。どこにも居ないじゃん」
部屋を見渡しても、桜の姿はどこにもなかった。布団もシーツも綺麗に畳まれている。既に起きているようだが…。
「どこ行ったんだろ」
真司は改めて桜の部屋を見渡す。そこはもう無機質な部屋などではなかった。
机には様々な様式の料理本が並べられていて、書きかけのルーズリーフの枚数から察するに、相当の試行錯誤を繰り返しているようだ。
真司自身は悔しくて認めないが、桜が真司の胃袋を完全に掴んで離さない日は近いだろう。
———今後出てくる献立はどれになるんだろう。楽しみだ。
…いや、もう既に手遅れかもしれない。
「?」
不意にガタン、と何かが落ちる音がした。
「ありゃ…。写真、壁から落ちちゃってるよ」
机から視線を下ろして、床を見ると壁に飾られていた写真が落ちてしまっている。真司はそれを手にとって眺めた。
確かこの写真は、真司が藤ねえに剣道を強引に勧められ、渋々練習を重ねて挑んだ大会で、初参加、初優勝の快挙を成し遂げた記念に撮った写真だ。
自分のこと以上に喜んでいる藤ねえ達に揉みくちゃにされている。
優勝の興奮から覚めて我に返った瞬間、子どもたち相手に本気になってしまった自分を大人気ないと思ったものだ。
「この後、慎ちゃんが調子に乗るといけない。なんて藤ねえに言われて、エキシビションマッチさせられたんだよな…」
試合の結果は、悪くない線までは行けた。とだけ言っておこう。当時はいかんせん体格差があり過ぎた。
写真を掛け直しながら、他にも飾られている写真の数々を眺め、真司はこれまでの思い出に浸る。
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