感想戦①
誰かと対局している夢を見るのは別に珍しくない。
小さい時は和服を身に纏って師匠と対局する夢を何度も見たし、月光会長や名人と言った将棋界の錚々たる棋士達と指す夢を見た事もあった。
今見ているのも、きっと夢なんだろう。
見慣れた対局部屋だった。
駒を指す音と、棋士の吐き出す唸るような呼吸が支配する俺たちの戦場。
たぶん、公式戦か或いはそれに準じた対局だろうか。
今回は珍しい事に直ぐに夢だと自覚できた。
確か、明晰夢っていうんだっけ? 夢だと自覚している夢の事。
なんで夢だと分かったのか。単純だ。
俺の対局相手が女性だったから。
別にプロの棋士が女流棋士と対局する機会が全くないという事はない。公式戦ではないイベントや企画じゃそういう機会もあるけど、タイトルホルダーの俺はそういう企画じゃまず呼ばれないし間違いなく夢だ。
俺の視界に盤の向こうにいるその人が映った。
着物姿をした女性……いや、少女と言った方がいいかもしれない。
夢のせいなのか、顔が霞みかかって彼女がどんな顔をしているのか分からない。
だけど見えない筈なのに、彼女はきっと綺麗な顔をしているんだろうな、となんとなく思った。
彼女の姿はどこか幻想的だった。
紺の振袖と緋色の袴は現実離れした彼女の美しさを引き立てている。
駒を持つ手が透き通るように白く、綺麗な手をしていた。
まるで、将棋を指す妖精のようだ。
今度は盤上に並ぶ駒が目に入る。
既に局面は終盤に入っており、俺が彼女の『銀』を取ればそのまま詰みに入る。
それにしても夢の筈なのに、やけにリアリティのある対局だ。
並んだ駒から、見えない顔の彼女がどんな棋士なのか伝わってくる。
その美しい見た目からは想像できないような、泥臭く、粘り強い指し方。
まるで、清滝師匠のような、最後まで諦めない意地を感じる。
そして、同時にもう一つ感じ取れるものがある。
この対局を終わらせたくない。
このままずっと指し続けたい。
───そんな、悲痛の叫びが。
彼女のその叫びを踏みにじるかのように、夢の俺は彼女の『銀』を取った。
どうやら体は動かせないようで、この夢はただ見ていることしかできないらしい。
……まあ、例え体を動かせたとしても、俺は彼女の駒を取ったけど。
相手にどんな事情があっても、どんな想いで指していても、それらを盤上で否定し勝利をもぎ取らなければいけないのが俺たちの生き方だから。
駒を取ると同時に場面が捻じ曲がるように急に変わった。
バラバラに切り取られたフィルムを順不同に無理やりくっつけたような映画を見ている気分だ。
夢なんだし荒唐無稽なのは当たり前なんだけど。
今度は外を歩いていた。どうやらさっきの対局が終わった後のようで、駅に向かって歩いているらしい。
俺の隣にはさっき対局していた顔の見えない彼女がいる。
彼女は、どこか上の空のような気がした。
顔が見えない筈なのに、何故かそう思える。
きっと、さっきの対局が尾を引いているんだろう。
対局後に思考が覚束ないのは将棋指しならよくある事だ。特に負けた後は。
そのまま夢の俺と彼女は駅前まで歩き、そこで俺が立ち止った。
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