十二話
『いまそっちに向かってるから』
姉弟子からの連絡に「分かりました」と一言返してスマホをズボンのポケットにしまった。
梅田周辺のスイーツ店に行くので、待ち合わせ場所はグランフロント大阪になった。
人通りが多いこの場所で有名人の姉弟子と待ち合わせするのはどうかと思ったけど、最近はよく一緒にいるし今更気にしても仕方ない。
ベンチに腰かけて目の前の止むことのない人の流れを眺めながら、これから会う姉弟子のことを思い浮かべた。
最近、姉弟子の様子がおかしい。
優しいというか、しおらしいというか……とにかく違和感を感じる。
第一に殴ってこない。
これがまずおかしい。あり得ない。何かの間違いだ。
肉体言語は姉弟子が俺に対して最も得意とする戦型だった筈。
それをほとんど使ってこない。そして何故か代わりにスキンシップがやたらと増えた。
妙に距離が近いというか……何かと理由を付けてベタベタと触ってくる。
例えば二人で歩く時は互いに触れそうなくらい近い。日が出てる時は俺が代わりに日傘を指すほどだ。
姉弟子曰く、『傘を持つのが疲れるから』だそうだ。
流石にそこまで貧弱な人じゃなかったと思ったけど、つい最近倒れたばかりだったので俺も納得した。
ただ、曇ってる時や日が落ちてる時みたいな日傘が必要ない時に手を握ってくるのは謎だ。
理由を聞いても答えてくれた事は一度もないし、姉弟子はずっと沈黙を貫いている。
それどころか手を握る際は指まで絡めてくる。
俺も最近では諦めて黙って手を繋ぐ事にした。
けど、全く殴ってこないという訳ではない。
この間、月夜見坂さんと供御飯さんに押し通されて無理矢理渡されたメイド服を着て欲しいと頼んだ際は久しぶりに姉弟子の拳が俺のボディーを貫いた。
切れのあるストレートに、どこか懐かしさと共に安堵した。
断じて俺がドMという訳ではない。
そして、暴力もそうだが言葉もおかしい。
姉弟子と言えば暴力暴言の暴君だ。
あの人は怒らせると手が先に出るとかじゃなくて、手と口が同時に出る。隙のない二段構え、ではなく同時攻撃だ。
それが最近ではすっかりと身を潜めてしまっている。これまたおかしい。
優しい……と言えばそうなんだろうけど、表現するとしたら余裕がある、と云った方がいいかもしれない。
そのお陰か、弟子たちとも意外な事にそれなりに仲良くやってるようで、この前もあいが姉弟子と連絡を取り合っている姿を目撃した。ただ、ちょっとその時の雰囲気が怖かったけど。
やはり会話に棘が前よりもなくなったのが原因なのか。いや、今でも俺に対しては頓死しろだの、クズだの、ロリコンだのと罵倒はしっかり飛んでくるけど。
でも不思議と優しさが込められている……歩夢との対局前に、俺を励まそうとしてくれたし。
というか優しい罵倒ってなんなの。
あと、棋風も随分と変わった。
洗練された、というより別物になった。
短期間であそこまで棋風がガラリと変わるものなのかと疑問に思ったけど、俺と練習で指した振り飛車も決して付け焼き刃ではなかった。
それに、前から思っていた姉弟子の弱点である体力面も克服もしようとしている。
これに関しては素直に良い傾向だと思う。
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