十六話
「へんたい」
「だから、誤解ですって……」
「なにが誤解よ」
畳敷きのロビーで仰向けで横たわる八一に吐き捨てる。
八一はすぐさま反論してきたが、その声はどこか気怠そうだ。
「じゃあなんで鼻血出したのよ」
「そ、それは……」
「変な妄想したんでしょ」
「違いますよ! 湯船に浸かりながら今日の対局を考えてて、それでのぼせたのが原因ですって! 裸想像して興奮はしても鼻血なんて出るわけ無いじゃん、漫画じゃないんだし……」
そう言い張る八一は今も扇風機の風に当たりながらぐったりとしている。顔にはタオルがかけられ、表情は伺えない。
確かにのぼせたという主張は本当のようだ。今日の山刀伐先生との対局を思い返していたのも嘘ではないだろう。
だが、この弟弟子はいま墓穴を掘った。
「やっぱり想像したんだ、裸」
「あ、いや、それは……」
顔にかけれらたタオルを剥ぎ取って八一の目をジッと見つめる。
八一は私に視線を合わせず、目を逸らした。
「興奮したんだ」
「……すみません、直ぐに記憶から消去します」
土下座する勢いで謝ってきた。まったく最初から認めればいいのに。
そう思いながらのぼせて火照った八一の頬をつついた。
それにしても、のぼせるまで将棋の事で頭がいっぱいだなんて相変わらずだな八一は。
「まあいい。特別に許してあげる……それよりどうだった? 山刀伐先生の対局」
「ええ、まあ……今日はいけると思ったんですがね。性格や言動はともかく、やっぱり強いですよあの人は」
そう言って苦笑いを浮かべながら八一は頬を掻いた。今日の山刀伐先生との対局は前回と同様に八一が敗北した。
あまり表情には出さないけど、内心ではすごく悔しいんだと思う。ずっと八一の傍に居た私だからこそ、今のこいつの気持ちはよく分かる。
「敗因は研究ですね。俺の得意戦法はもちろんだけど、持ち時間の使い方や癖まで完璧に調べられている。今のままじゃあの人を乗り越えれない」
「でも、途中で巻き返したじゃない。山刀伐先生の誘導した戦型も中盤で崩せてたし」
今日の対局で一番気になったのはそこだ。確か、前回は山刀伐先生の最新の戦型に誘導されて一方的に八一が攻められ続けていた筈だったのに今回は対応して見せている。
別に対局相手が同じとはいえ、前回と全く同じ棋譜を描くとは思ってはいないけど、それでも何故か嫌な予感がした。
「あれは最近取り入れた研究のお陰ですよ。と言ってもまだまだ煮詰めれていないんで不完全なんですが」
「研究?」
「まあ、それはまた今度姉弟子にも披露します。とりあえず、山刀伐さん対策の研究をしないとな。後であの生石さんに頼み込もうかな……」
……露骨にはぐらかされた気がする。
まあいいか。八一とはどうせ直ぐに指すし、その時に分かる事だ。
「自分の研究も大事だろうけど、弟子の教育もちゃんとしときなさいよ」
これ以上は八一も自身の研究は話してくれないだろうから話題を変える。思い浮かべるのはあのクソ生意気な小童ども。
散々追いかけ回したが結局、逃げ切られてた。まさか二人とはいえ九歳の体のあいつら相手に翻弄されて体力を切らすなんて不覚だ。今まで以上に体力作りも力を入れないと。
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