ハーメルン
白雪姫の指し直し
二話

 過去に戻っているだなんて、普通に考えればそんな事はありえない。
 真っ先に夢か何かだと考えるのが自然だと思う。
 きっとこれは八一を他の女に盗られて絶望した私が望んだ都合の良い夢なんだろう。
 こんな夢は直ぐに醒めて、あの名前もしらない公園のベンチで惨めな自分を嘆くのが現実なんだろう。
 
 ────でも、それが何だというの?
 
 例え夢でも、いま、この手から感じる八一のぬくもりは本物なんだ。
 いま、目の前にいる八一はまだ他の誰にも盗られていない私の八一なんだ。私だけの、八一なんだ。
 なら、それでいい。それだけで十分。
 これが都合の良い夢だと云うのなら、私は目醒めるまでその夢を見続けたい。

 それに夢だと云うなら、前よりも少しくらいは素直になれる筈だ。それなら、
 前よりもっと八一と話そう。
 前よりもっと八一に触れよう。
 前よりもっと八一に甘えよう。
 前よりもっと八一を支えよう。
 
 もっと、もっと、もっと、もっと

 必要だと云うならなんだってやる。
 前より早くプロになれと云うのなら、なってやる。あの椚創多すら倒してみせる。
 
 雛鶴あいでもなく、夜叉神天衣でもなく、桂香さんでもなく、

 この私が、空銀子が九頭竜八一にとっての一番になってみせる。
 
 

 



「あっ、もうこんな時間か。すみません、姉弟子。俺そろそろ時間なんで」

 腕時計を確認しながら、八一は申し訳なさそうに私の手を離した。
 ようやく現状を理解できたけど、だからと言って今直ぐに何かした訳でもなくあのまま八一と手をずっと繋いでいた。
 手を離すのは名残惜しいけど仕方がない。昨日が師匠と八一の対局の日だったのなら、今日はあの日の筈だ。

「神鍋先生との対局、だったよね」
「はい。歩夢は手強い相手ですよ。それに今期は連敗中の俺と違ってかなり調子がいいみたいですし」

 そうだ。この時の八一は竜王になって以降、スランプに陥り、十一連敗をしていた。
 そして今日が、そのスランプから無事に抜け出した日。
 今思えば、あの時の八一は自分の将棋を完全に見失っていた。
 竜王というタイトルを背負うには八一は若すぎたんだ。
 竜王として相応しい将棋を指そうと、タイトルホルダーとして恥のない将棋を指そう、そんな考えが八一の将棋を鈍らせていた。

 そう言えば『前回』はあの弟子の存在でスランプから抜け出せたと八一自身がインタビューで答えていた記憶がある。
 弟子の前では負けられないと、だから竜王としてではなく、一人の棋士として勝ちを狙い、あの粘り強さを思い出せたと。

「八一、目にクマができてるけど大丈夫なの? まさか昨日ずっと私を」
「えっ!? あ、いえ、別に姉弟子のせいじゃないですよ! ちょ、ちょっと今日の対局に備えて色々と考え込んでて……」

 目元にうっすらクマを浮かべる八一に不安が募る。
 『今回』は、どうなんだろう?
 師匠との対局後に八一が家に帰ると、あの内弟子が八一の家に無断で入り待ち構えていたのが出会いの経緯だと聞いている。
 だけど『今回』は私が倒れたせいで、八一はそのまま家に帰っていないみたいだから、小童にはまだ出会っていないはず。

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