零頁~プロローグ~
零頁~プロローグ~
誕生の冬、始まりの春
また、その時がやってきた。
いったい何度この景色を見たことだろう。
いや、この景色ははじめてみる景色だ。同じものなどあるはずがない。
感じるのは既視感。
そう。
何度も似たような景色を見てきたのだ。正確な回数を思い出せないほどに。
記憶は薄れ、色あせている。
だがそんな記憶はなぜこんなにも温かく………熱の終わりを感じさせるのか。
男はすこし遠のいた意識をもどし、目の前の女性をあらためて見た。
普段はおろしている流れるような美しい金色の髪は頭の上でまとめられ、滑らかなさわり心地のよさそうな肌は汗ばんでいる。呼吸を一つするたびに一筋の汗が首筋を伝った。
女はベッドに横たわりながら男を見上げる。
その腕の中には生まれてまもない赤ん坊が穏やかに息をしている。
女が口を開き、言葉を発する前に男が動いた。
右手で女の肩を抱き左手で赤ちゃんをやさしく撫でる。
機先を制されたかのように口をつぐんだ女に男は言った。
「ありがとう」
豪雪により外界と遮断された隔離された世界、そんな中で新しい命が生まれた日であった。
◇◆◇
また、その時がやってくる。
閉ざされていた季節を越えて、幾重にも重なりあった雪のカーペットが春の日差しで失われその下から地面が顔をだす、そんな時期。
少女――─アリシアはまだ時折肌寒いが春の陽気に満ちた風によってまい上がりそうになる金の髪をそっと抑える。風も日差しも、目前の景色も、春の陽気、生命の息吹を十分に感じさせた。そう、故郷を外界から遮断する冬の季節はもう終わったのである。
(長かった………うん、長かった)
アリシアは一人うんうんと頷く。自分に自分で納得していた。
長かった。その気持ちは今日という日をどれだけ待ち望んでいたかを自覚させる。
思えば自分の中に芽生えた欲求を意識してから、今年の春で二年と少し。ついに願いがかなう日が来た。今日くらいはこのうきうきした気持ちを素直に味わいたかった。
今日、アリシアは故郷に背を向け旅立つのだ。
自分が産まれた季節である冬を越えてアリシアは十五歳になった。立派な成人である。読み書き・料理・裁縫・掃除・狩りなど、この村に産まれた子供は十五歳をめどに一通りの知識と経験を教えられる。四季と呼ばれる寒暖差の移り変わりが特に激しい地方に属するこの村では大人になることは難しい。十五歳になれば誰でも成人と認められるわけではないのだ。大人と認められるには両親から自然と教えられるいくつものことを教えられずともできるようにならなければならない。やるべきこと、教わるべきことの多いこの村では十五歳で認められるのは目標だ。人によっては二十歳頃まで大人に認められない人だっている。現にアリシアと同い年の中にはまだ大人と認められていない人の方が多いくらいだ。そんな中でアリシアが認められたのは十五歳、つまり先の冬の時期だ。
アリシアは十五回目の冬を思い返してすこし不満げに頬を膨らませるように口から春の息吹を吸いこませる。
(すぅ―――むぅ)
そもそも、私はもっと早くできたもん。
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