1: 雨の王都
――辺り一面、廃墟だった。
――どこかで火の手が上がっていた。
――泣いている子どもが一人きりで佇んでいる。
――いや、泣いていたのではなかったかもしれない。
――雨に濡れて、泣いたように感じただけだったのかもしれない。
――もし、あの時、誰かが助けてくれたなら……
イビルアイは窓の側に置いた椅子に座り、外を眺めながら、眠れない夜の時間を過ごしていた。
(こんな風に雨が降っている時は、どうしても昔のことを思い出していけないな……)
部屋の中をそっと見回すと、自分の大切な仲間たちが規則正しい寝息をたてている。皆が幸せな眠りについている間、一人きりで過ごす夜にもとっくの昔に慣れた。
イビルアイは静かに立ち上がると、ガガーランの毛布を直してやる。
(全く。いつも直してやっているが、どうせ、すぐにぐちゃぐちゃにするんだろう。本当に寝相の悪い奴だな)
そうは思うが、別に悪い気はしない。くすりと笑って、再び窓際の椅子に戻ると、そっと左手の指輪を撫でる。
アンデッドである彼も、同じように眠れない夜を過ごしていることだろう。
(そういえば、夜、どうやって時間を潰しているのか聞けばよかったな……)
心の中にある『今度会えたら絶対聞く事リスト』に、それをメモする。リストは既に膨大な量になっていた。
イビルアイは優しく微笑むと、今度は彼への想いで頭をいっぱいにして、再びぼんやりと窓の外を眺めた。
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王都リ・エスティーゼでは、春先だというのに肌寒い日々が続いており、街には明るい雰囲気は無い。どんよりとした厚い雲が空を覆い、少し雨が降っている。道を行く人々も顔をうつむけながら、足早に歩いているようだ。
王都では舗装された道はほぼ中心部にしかないが、その中でも比較的整備された通りの一つを、王家の紋章が入った大型の馬車がゆっくりと走っていた。その馬車の中には五人の人影が見える。御者台で馬を駆る御者の脇には、よく似た顔立ちの女性が二人座っていた。
その馬車はやがて角を曲がり、高級住宅街に入る。そこには王都に住まう際の貴族の館や、裕福な商人の豪勢な家が立ち並んでいる。
しかし、本来であれば華やかな空気が漂うはずのその区域でも、王国が抱えている深刻な状況が影響している様子が見て取れる。建物は立派なのに、以前は綺麗にしつらえてあったはずの庭は荒れ、住む人もいない様子の家が少なからず存在している。本来このような場所を歩くはずもない、柄の悪い人間の姿もちらほらと見かける。
最近の王国で深刻になっている問題の一つは、都市内での誘拐事件である。
数年前にラナーの提案で行われた奴隷制の廃止により、一度はそういった事件も下火になっていたのだが、ここ一年ほど若い女性ばかりを連れ去る事件が増えているのだ。
しかも、その犯人はおおよそわかっているのだが、その連中はそれなりに大きな派閥として浮上してきている貴族の一派であり、なおかつ本人たちは誘拐をしているわけではなく、女性たちは下働きとして雇っているだけであると主張している。そのため、今の力を失った王家では手を出すことが難しく、手をこまねいているのが現状だ。
ラナーが悔しそうな顔をして、クライムの胸の中で泣きながらそのように話していたことを、クライムは忘れられなかった。あのお優しいラナー様のことだから、今の状況にさぞかし胸を痛められているのだろう。
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