ハーメルン
イビルアイが仮面を外すとき
5: アインズとイビルアイ、デートをする


 そもそも、自分の長い人生を思い返してみると、この世に生を受けて以来、好意を持つような対象になるアンデッドと出会ったことなんて一度もなかった気がする。

(死霊使いならいたけどな)

 以前共に旅をした、仲のいい気さくな老女を懐かしく思い起こす。そういえば、昨夜は彼女やツアー、そして、もう死んでしまったリーダーの思い出に大分励まされてしまった……。リグリットにはもう随分長いこと会っていないが、今も元気でやっているのだろうか。今回の件が片付いたら、久しぶりに会いに行ってみるのもいいかもしれない。彼女なら自分にも役に立つアドバイスをくれるはずだ。もっとも、その前にインベルンの嬢ちゃんが恋煩いだなんてねぇ、と思いっきり笑われそうな気もするが。

 イビルアイは静かに微笑むと、そっと自分の冷たい手を動かない心臓に当てる。もう二百年も何の変化もないこの身体。自分がこういうモノであることは、諦めとともに受けいれたつもりだった。

 だが、イビルアイのこのアンデッドの身体は、イビルアイ自身の罪の象徴でもあるのだ。

『国堕し』

 イビルアイにつけられたその異名を、これまでどれだけ呪ってきたことだろう。

 その気持ちが、アンデッドである自分自身を愛せない、認められない自分を作り出していたのかもしれない。自分自身を愛せないなら、その他のアンデッドに好意を抱けないのも当然のこと。

 だけど――

 この国はなぜこんなに平穏なのだろう?
 なぜ、アンデッドを恐れずに人間や亜人が笑って暮らしているのだろう?

 そして、今まで考えたこともみなかったことに思い至る。

 自分は、モモンは無理やり魔導王に従わされていると思い、それを疑うこと無く信じていた。何万人もの人間を無慈悲に殺したアンデッドなのだ。当然、魔導王には慈悲や温情などあるわけもなく、生ある全てのものの敵であることは間違いないと。

 だが自分だって故郷の国を滅ぼした存在。あの時、自分のタレントが暴走したことで一体どれだけの数の人間を殺し、アンデッドにしてしまったのか。まだ幼かった自分にはよくわからなかったし、その後もその事実からなるべく目を逸して生きてきた。

 だけど、自分は紛うこと無く『大量殺戮者』だ。王都で見かけた蟲のメイドを人間に敵対しているからと殺そうとした。しかし、自分だって、普通の人間からすればどっちもどっちの化物なのだ。少なくとも、人類の庇護者などといえる立場じゃない。

 十三英雄や蒼の薔薇と行動を共にし、人間を助ける行動をしているのは、そうすることが自分にとっての罪滅ぼしになる、と泣いてばかりいた自分に長い付き合いの友が諭してくれたからだった。

 モモンは強い。それだけではなく、彼はとても優しく礼儀正しい。そして弱いものを率先して守ってくれる。まさに真の英雄というべき存在だ。

 ヤルダバオトに襲われたあの日、王城でも王都でもモモンの姿を見かけた全ての人々は、彼に期待と憧れに満ちた熱い眼差しを向けていた。そう、自分だけではない。あの時、彼に出会った人の多くは男女を問わず、ほんの一瞬でモモンに恋に近い思いを彼に抱いてしまっていたのだ。

 そんなモモンが邪悪な魔導王の配下に入ることなんてありえない。モモンが魔導王の治世に協力していることに嫌悪感を抱き、彼が無理やりそうさせられているだけだと思ったのは、そうであってほしいと願う自分自身のただの愚かな願望だったのかもしれない。

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