第3話
リズが運転するメルセデス・ベンツ300SLクーペの後部座席に座り、私は流れて行く外の景色を眺めながら、これから過ごすであろう十数年ぶりの高校生活へと思いを馳せていた。
「イリヤ様、もうすぐ第一高校付近です」
「ありがとう……そうだ、今後は公共交通機関で登校するわ。さすがに毎日この車で送ってもらうのはね」
ただでさえアインツベルン家当主として顔が割れているのだ。無理だとは思うが、新天地ということですこしは穏やかに過ごしてみたいと思ったりするわけなのだ。
揺れが収まり、同時にエンジン音もやむ。ドアがセラの手によって開けられ、桜の花びらが車内に入ってくる。
私は春の空気を胸いっぱいに吸い込むとゆっくりと吐いた。
懐かしい空気だ。ドイツではこうはいかなかったしアインツベルンの城は年中雪に覆われているので外に出て深呼吸など論外だ。肺が凍って死ぬ。
「CADはお持ちになられましたか?マネーカードは?ええと、それから」
「そんなに慌てなくても大丈夫よ」
「ですが……」
現在のセラは、いつものメイド姿ではない。麦わら色の長袖に焦茶色のロングスカート、その上にエプロンをつけていた。私からの命令で日本にいる間は日本で一般的な服装をすることと厳命しており、今のセラはどこか母のような雰囲気を感じる服装となっていた。高校に入学するにもかかわらず依然見た目が幼女の私がいるのも相まって完全に入学式についてきてしまった母親と娘にしか見えない。
「それじゃ、何かあったら連絡するわ」
「いってらっしゃいませ」
「いてら〜」
礼儀正しくお辞儀をするセラと窓越しにひらひらあと手を振るリズに手を振りながら真新しい制服に身を包んだ生徒たちの波に紛れるように、第一高校へと向かった。
中条あずさは興奮していた。校門脇でその人を出待ちするほど興奮していた。興奮のあまり昨日は一睡もできなかった。
なんと今年、あの今まで不可能と言われ続けた汎用型CADに特化型CAD用の照準補助システムを増設するという技術を確立させ、世に発表したイリヤスフィール・フォン・アインツベルンがこの第一高校に入学するらしいのだ。あの記者会見は何度見返したかわからない。あの幼い見た目でまさか中学三年生だったとは。小学生ぐらいかと思ってたなど口が裂けても言えない。
アインツベルンとは。
ドイツに本拠地を構える魔法師の一族。先代は魔法実験の事故で亡くなってしまいイリヤスフィールが当主になったと聞く。
物体の解析や構築を専門とし、魔法工学の根底を築いたとも言われている。CADという機器の初期構想もアインツベルンという話もあるほどだ。
そして、件のイリヤスフィール、彼女がこれまたとんでもないのだ。
先ほどの汎用型と特化型の融合に始まり、トーラス・シルバーが実用化したループ・キャストも理論や証明は全て彼女によるものなのだ。CADだけではない。貴金属の変形、変質。錬金術と呼ばれるようになった一種の魔法を体系化したのも彼女だ。厳密には『等価交換による物質の変形』なのだが、とんでもない人物であるのは疑いようもない。もし会えるのなら、話したり、サインをもらったりしたいものだが……
「ふえ?」
その時
中条あずさの目の前を自分と同じくらいの銀髪の少女が通り過ぎていった。
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