ハーメルン
犬吠埼樹はワニー先輩のギターを弾く
さよなら

 煌々と太陽のように輝き始めた獅子座は四国ごと神樹を燃やさんと襲いかかる。
 しかしその一種の神聖さすら備えた光輝は無情に、容易く、正面より飛来した更なる輝きに打ち消される。
「それだけか、たったそれ如きであたし達から奪ったのかぁー! もうなにも奪わせない、お前たち化け物なんかにないも奪わせない!」
 赫怒の闘志を燃やして銀は輝きと共に現れた巨大な腕を用いて獅子座を掴んで離さない。
 強大であるはずの獅子座の力、通常であれば勇者が何人で束になろうとも叶わないはずのそれに拮抗し、徐々に押し返していく。
 それを成すは三ノ輪銀。今、神稚児を精霊として己の身に降ろし、勝つための逆襲を始めた白い勇者。
 神稚児の特性は二つ。『生贄』であること。『願われ、それを叶える』こと。
 その性質に影響され、神樹の力によって編まれていた勇者の装束に変化を与える。
 赤と黒の牡丹を思わせるそれは今や死装束そのものである純白の着物へと変わり、背には神聖を示す後光を象った装飾が浮いていた。
 明らかに異質な力。明らかに神樹由来ではないそれを銀は纏う。
 銀に連れ添うように背後に出現した精霊『神稚児』は瞳を閉じ、両手を広げ、呪禁の詩を奏でる。
 それは自身に勝利を、奪われないことを願った銀への詩。歌うは祝福を込めた呪詛。当然である。いつだって生贄とは呪術の礎なのだから、奏でられるのは呪いの歌こそふさわしい。
 美しい歌声に呼応して銀の纏う力が増していく。
 本来であれば精霊の力とは使用者を蝕むものだ。心身を蝕み、汚していく。
 分かりやすいところで心の中に住まう負の感情を増幅させていく。過去においてはそれが原因で勇者同士が傷つけ合うことすらあった。
 しかし『神稚児』を御する銀にその方面での影響は存在しない。何故なら『神稚児』が側にいるから。
 湧き出た負の感情とは元を正せば小さな不満。誰だって小さな不満を持っているものだ。何かが上手くいかなかった、思うようにならなかった。そんな些細な有り触れた小さなきっかけ。それを精霊の特性は増幅させて負の感情に変換していく。
 しかし寄り添う『神稚児』がそれを許さない。例えどれほど小さな不満であろうとも神稚児はそれを叶える。願われ、叶えるのが神稚児の在り方だ。
 精霊の特性と神稚児の在り方が組み合わさる。精霊を降ろすことで生まれる増幅された負の感情、燃料に願いを叶えていくことでより力を増していく。
 願えば願うほど神稚児は力を振るう。負の感情は激しく燃える蝋燭のように消えていく。
 後に残るのは純粋な闘志のみ。力を望めば望むほどに自身の身体を贄に相応しいものに作り変えながら力を際限なく増していく。
 言ってしまえば神稚児の特性が精霊の負の側面を打ち消していく。
 当然、良い面ばかりではない。物事とは天秤のように常に反対の方向からの負担をかけられるだから、何にでも反作用というものがある。
 この場合、それは闘志に満ち満ちていくこと。人の欲には際限がないことが合わさり、その身を人でない何かに置き換えながら出せる力を増していく。
 そうした変化は銀の人間らしさを奪っていく。心には限りがある。それが全て、文字通り全てが闘志に置き換えられていく。
 最早銀の瞳には敵である獅子座しか写っていない。心の声が叫ぶ。敵を倒せと止めどなく心の中で絶叫が響き渡る。
 尽きることのないその衝動に任せて銀は獅子座を潰すために駆けていく。

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