ハーメルン
犬吠埼樹はワニー先輩のギターを弾く
おしまい

 寒々とした雨が降りしきる日。三ノ輪銀の告別式が執り行われていた。
 大赦に関わる家々は揃って参加し、幼い命が失われたという事実と共有する。
 神官服に着替えた和仁は複数の神官を連れて廊下を歩く。その表情は無の色に引きつっていた。
「いやはや、この度はお悔やみ申し上げます」
 その言葉を聞いて足を止めた。そこは参列者を集めた部屋だった。涙もろい人たちはすでに啜り泣き始め、そうでないものも悲痛に顔を曇らせている。
 言葉を発したのは参列者の一人。受け取っていたのは銀の母。隣にはまだ幼い金太郎がベビーカーに乗っておもちゃで遊んでいた。
 涙でまぶたを腫らした銀の母に男性が言葉を続ける。
「しかし、私は銀ちゃんが神樹様のお役目で殉職したことを誇らしい。銀ちゃんも親孝行が出来て良かったと持っていることだろう」
「……えぇ、そうでしょうね。銀は立派にお役目を果たしたんですよね……」
 それっきり銀の母は唇を噛んで黙ってしまう。
 見ていてあまり愉快なものではなかった。しかし男性の言葉に和仁は何も言えない。なぜなら、男性の言った言葉はは大赦の公式の見解と同じだから。和仁がそれを否定するような言葉を言うわけにもいかなかった。
 無力感に苛まれているうちにふと、和仁は視線を感じた。向けられた視線に振り向くと喪服に袖を通した鉄男と目が合う。無気力そうな瞳でじっと和仁を見ていた。
 鉄男は何を言うでもなくただ少しも視線をずらさずに見ていた。
 じっと見られることを苦に思った和仁は会釈して向き直り、廊下を進んだ。
 参加者が全員会場へと集い、告別式が始まった。
 壇上の中央に和仁が立つ。用意された紙を開き書かれた文章を読み上げる。
「……これより三ノ輪銀様の告別式を執り行います」
 表情は無。眉ひとつ動かずに淡々と続ける。
 宮司である和仁が告別式の中心となるのは自然なことだった。
 選ばれた神樹の稚児であり、お役目を果たす者の一人である和仁が執り行うこと、それ自体がこの式に箔をつける。それこそが勇者の告別式には相応しいとの判断だった。
「本日ここに哀悼の意を捧げます」
 戦いから二日後、和仁は皮肉なことに生き残った三人の中で最も問題なく動ける状態でいた。しかしそれは無事という意味では無い。
 戦いが終わってすぐの和仁の状態は脈拍ゼロ、脳波ゼロ。生物的には死んでいると言う他にない。
 しかし現に和仁は動いていた。心臓が動いていなくても、体は生きていた時と同じように動いていた。
 神稚児の再生能力によって見た目だけは生きている人間と変わりない。
 異常は他にもある。レントゲンを撮ってみれば内臓の位置はぐちゃぐちゃ、そもそも繋がってすらいない。しかし食事を取れば問題なく栄養を摂取でき、排泄も通常と同じようにできていた。
 ひとえに和仁の中で同化するように融合した精霊『神稚児』が和仁を生かしていた。
「今、私たちは深い悲しみの内に勇者様にお別れを告げようとしています」
 見下ろす。目の前にあるのは本来であれば遺体が収められる棺。
 色鮮やかな花で遺体を飾るはずのそれは、今は花束の様だった。飾り立てられるはずの遺体がないのだ。遺体の代わりに収められているのは三ノ輪銀だった土が入った小さな箱。
 遺体すら残らない無残な死にように和仁はどういう表情をしていいのか分からなかった。
 する必要のない呼吸を条件反射的に行いながら脈のない身体であることを感じる度に、自分が銀に生かされているのだという事実を突き付けられる。

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