Θ8-4.5 今昔、かつての島にて
『血沸き、肉踊る。そういうバトルが、ワシちゃんは大好きなのよん』
目の前で、師はゆったりと身体を動かす。
時に水の流れを模倣してのらりくらり。時に燃え盛る火の様に昂ぶり。時に雷の荒ぶる様を模して疾く。
かと思えばひょうきんに、くるりと飛び退ってはピースサイン。
その様は、今の自分にははるかに遠く及ばないものだ。肉体的には勝っているとしても、年月の重みには敵うまい。だからこそ、彼は我らに師と呼ばれ ―― ヨロイの管理者としても、信頼されているのだろう。
かつての国を守護した剣と盾。身にまとわれたるは鎧。王冠を冠り、馬上にあるその姿をもって、その者は王と呼ばれたのだ。
……呼ばれたのだ、そうだ。そうと聞く。伝聞ではあるが。
『そう小難しく考えなくても良いのにねぇ。キミは』
数匹の同期と共に道場での修練を終えた後、師はわたしだけを残して、そう語りかけた。
『今はもう、ヨロイとしての使命なんてあってないようなものでしょ。そういう存在で在った。確かにそうだけれど、キミ達はキミ達。そのためにワシちゃん、この島をフリーにしてもらったのよ?』
こちらの表情を見てだろう。
仕方がないなぁ、と。我が子をいつくしむ様な苦笑い。
『ワシちゃんもね、色々と悩んだのよ。どうもポケモン、ひいてはポケモンバトルっていう興行には、面倒なしがらみが多すぎるって知っちゃったからねぃ』
ふるりと手足を振り回して、ぴたり。まるでそこにあるのが当然の様に、構える。
『でも、だからこそ出来ることもあったのよん。この辺り、結婚してから学んだことでもあるし……そのためにワシちゃんが居るってまで、張れるほどの名前でもないけどさ。でもでも、キミ達には多くのものを学んで欲しいし、得て欲しいと思っているのよ』
その結果がこの道場に残ることでも ―― 他のトレーナーと外へ出ていくことだとしても。考え抜いて選んだ結論なのであれば、構わない。
「キミが選んで」と。師はいつもそう言うのだ。
『……そこで悩むのね。キミはだからこそ、数多いる同期の内でも飛びぬけて、ヨロイの資格を持つに相応しいとも思うんだけどねぇ。どうしょっかねぇ』
こちらの心情を察して、師は続けた。どうやらばれているようだ。
こうした察しの速さは、師ならではの技能であると思う。島を訪れる他のトレーナーも、それこそ元チャンピオンに挑んでくる凄腕のトレーナーも、奥方でさえも及ばない。
……強いて言うなれば。今のお弟子の中にひとり。どこか抜けていて、しかしそれすらも愛嬌で、人ともポケモンともすぐさま友になれる……その爪で真っ直ぐに天を衝く。衝いて、突き破ってしまうような。そんなトレーナーが居るけれど。しかし彼は年少だ。実力がまだ伴っていないと、師はいつも笑い飛ばしてばかりいる。
『う~ん。……そうだ!』
見つめていたわたしの前で、師はぽんと手を叩く。
何かしらを思いついた時のモーションだ。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/2
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク