まどろみ/決戦前夜
「大使殿! このワインを試されなされ!」
「これ、そんなものをお勧めしてはアルビオンの恥ですぞ!」
「こちらの鳥を食してごらんなさい、美味くて頬が落ちますとも!」
パーティ会場は着飾った貴族と、豪華な料理に華やいでいた。王党派の貴族達はかわるがわるトリステインの大使に寄ってくると、料理や酒を勧めた。
それから「アルビオン万歳!」と叫んで去っていく。
「……随分、派手ね」
「ああ」
巧は短く答えた。ウェールズが言ったとおり、平民が会場にいることを気にする貴族は一人もいなかった。それどころか、会場では給仕やコックと思しき者達も一緒になって、酒を飲んでいた。
「最期だからこそ、ああも明るく振舞っているのだ」
ルイズはワルドの言葉に小さく首を振った。それから、顔を伏せて、その場から立ち去った。
巧は追いかけようかと思って――やめた。代わりに、隣のワルドを見た。
「追いかけなくていいのかよ」
「なんだって?」
「お前、ルイズの婚約者だろ。距離を縮めようってんなら、やることがあるんじゃないのか」
「ふむ」
ワルドは顎に手を当てた。
「君は随分協力的だな。私のことが嫌いなものと思っていたが」
「かもな」
「この前も随分加減してくれたようだね」
「……かもな」
「その調子で頼むよ。僕はルイズと上手くいきたいんだ」
「だったらさっさと行ってやれ」
巧はもう、ワルドのほうを見なかった。大事なのはタイミングだ。わざわざ、ルイズに余計な心労をかける必要は無い。
パーティの中心に、ウェールズの姿が見える。きらびやかな明かりに照らされた男は、なるほど確かに貴人だった。あちこち痛んだ巧の姿とは対照的である。
ふと、目があった。ウェールズは歓談を切り上げると、巧に近寄ってきた。
「君は……そうか、ラ・ヴァリエール嬢の使い魔の」
「……乾巧だ」
「タクミくんか。それにしても、人が使い魔とは。トリステインは変わっているな」
「トリステインでも、珍しいぜ」
敬語を使おうとして、やめた。いちゃもんをつけられるなら、その時はそのときである。ともあれ、ウェールズは微笑んだ。
「そうらしいな。君のことはパリーから聞いたよ。彼の話を聞いてくれて、感謝する。随分、救われたようだったから」
「別に……話を聞くだけなら、誰だってできる」
「ほう」
「俺は本当の意味じゃ、あんたらの救いになんかなれない。感謝に値する人間じゃないんだ」
「そうかな。滅び行く国なら話は別さ。死者は話を出来ないが……死にゆく者は、どうやら随分話したがりになるようだからね」
ウェールズは小さく息をついて、巧の隣で壁に寄りかかった。パーティは終わる気配が無い。そこここで、貴族たちが、あるいは貴族と平民たちが、会話に花を咲かせている。
「我々の敵である貴族派『レコン・キスタ』はハルケギニアを統一し、『聖地』を回復したいそうだ。大した理想だが、そのために流される民草の血は、いくばくにも上るだろう。全て、アルビオンの内から発したものだ。……我々は、内憂を払えなかった」
巧は、黙って聞いていた。
「我が軍は三百。敵は五万。万に一つも勝ち目はあるまい。我々にできるのは、勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家が決して脆弱でないと示すことだけだ。『統一』と『聖地』の回復という彼奴らの野望に、なんら影響がなくとも――」
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