郷愁/零れ落ちた
「……それでは、やはりウェールズ様は父王に殉じたのですね」
アンリエッタは沈痛な面持ちで息をついた。
トリステインに帰還した巧たちは、学院に戻る前に王都に立ち寄った。もちろん、アンリエッタにアルビオンでの顛末を報告するためである。
ルイズと巧を居室に通し、アンリエッタは目的の手紙を懐に収めたのだった。
「それに、あの子爵が裏切り者だったなんて。魔法衛士隊の中にまで、敵の手は及んでいるのですね」
王女は小さく笑った。奇しくも、それは巧が見たウェールズのそれと似ていた。
「裏切り者を大使に選ぶなんて、私は王女失格ね。亡命を勧めるどころか、足を引っ張るばかり。それとも、ウェールズ様は私を愛しておられなかったのかしら」
「……やはり、亡命をお勧めになったのですね」
ルイズが低く言った。
「ええ、ええ……でも、意味はなかったようね。ウェールズ様は立派な王族だったということなのでしょう。私よりも……国に殉ずることを選んだのだから」
「姫さま――もっと強く、私が殿下に亡命を勧めていれば――」
「いいのよ。あなたに命じたのは密書を届けることと、手紙を取り戻すこと。ウェールズ様を亡命させて欲しい、などとは一度も伝えなかったのだから」
「でも……」
アンリエッタはルイズを手で制した。
「あなたは立派に勤めを果たしました。私の婚姻を妨げ、ゲルマニアとの同盟を挫こうとする敵の謀りは未然に防がれたのです。胸を張りなさい。あなたに託した水のルビー……それは、あなたが取っておきなさい」
「まさか! こんな貴重なもの、いただけませんわ!」
「忠義には報いるところがなければなりません。出来れば、使い魔のあなたにも、なにかしてさしあげたいのですが――」
蚊帳の外だった巧は首を振った。トリステインでの“平民”がどれだけ弱い存在なのかは、身にしみてわかっている。
それより、彼からも王女に、伝えなければならないことがあった。
「それより、これを受け取ってくれ。ウェールズ皇太子から、姫さまに」
アンリエッタは怪訝な表情で、巧を見返した。その手のひらに、青い宝石のはまった指輪が移る。
「これは、風のルビーではありませんか」
「最期に、預かったんだ。姫さまに渡してくれってな」
「そう、ですか」
アンリエッタは指輪を嵌めると、杖でなぞった。指輪の径がすぼまり、水のルビーは彼女の薬指に納まった。
「あの人は別れ際まで、皇太子だった。それでも、姫さまのことを忘れたわけじゃない……たぶんな。姫さまを守るために戦ってたんだ」
最後は、確信を持ってそう言った。ガラでもない話だが、巧以外にこれを伝えられる人間は、一行の中にはいない。
「そうなのかしら。そうかもしれないわね。あの人がくれた命なら――」
アンリエッタは顔を上げた。
「ありがとう、優しい使い魔さん。私も――ここで一つ、背負って生きてみようと思います」
「……あんた、あんなことも言えたのね」
王宮の中を歩きながら、ルイズが巧の顔を覗き込んだ。
「なんだ、悪いかよ」
「いいえ、良くやったわ。ウェールズ様のことを聞いたときの姫さまは、今にも……」
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