望郷/
タルブの村は、広々した草原と森に囲まれた、素朴な村だった。連れ立って訪れた貴族たちと巧は、村長の家に通されると、素朴なりの歓待を受けた。
ヨシェナヴェという郷土料理を作っているところだ、と村長は言った。
「あんまり期待できそうに無いわね」
「それでも、人間の食べ物だよ」
贅沢な内緒話を交わす貴族に、村長は不安げな笑みを浮かべた。
「大したおもてなしも出来ませんで。料理がお口に合えばよろしいが」
「いいえ、お気になさらずに。いきなり押しかけたのは私たちなんですから」
さっきまでの内緒話が無かったかのようにキュルケはオホホ、と笑ってみせる。村長は額の汗を拭って立ち上がると、扉を開けて給仕を招きいれた。
「そう言っていただけると助かります。こちらの娘は魔法学院で勤めておりまして、腕は確かなのですが……何しろ、素材が足りませんでな」
魔法学院の生徒たちが「え?」と顔を上げるのと、「あ」と給仕が声を上げるのが同時だった。鍋の盆を抱えた少女が、巧たちを見ていた。
「皆さん、どうなされたんですか?」
魔法学院の給仕……シエスタだった。
「ここは、私の故郷なんです。しばらく、お休みを貰ってたのに、貴族の方が尋ねてきたっていうから……でも、知ってる人達で良かった」
村に程近い草原に、大きな木造建築があった。ここが“竜の羽衣”の納められた寺院だという。
「ほんとは、イヌイさんとご一緒したかったんです。前、お話したでしょ。でも、私がお休みを貰った時には、もう出かけてるって聞いて……」
シエスタは大きな南京錠のロックを外すと、一度に扉を引き開けた。
「さあ、これが“竜の羽衣”です」
「こいつは――」
巧は思わず息を呑んだ。暗い室内に、深い緑色の構造物がうっそりとたたずんでいた。三枚のプロペラと、広がった翼。五十年以上も古い、戦う形。オートバジンが、興味深げにランプを明滅させる。
「戦闘機、だな」
「ダーリン、知ってるの?」
「相棒じゃねえ、喋ってるのは俺だろが! こいつはなあ、俺らの世界の武器なんだ。どこのどいつがどこから持って来たってんだ?」
シエスタが恐る恐る手を上げた。
「私の、ひいおじいちゃんです。“竜の羽衣”で、東の地からここまでやって来たんだ、って……誰も、相手にしませんでしたけど」
「そりゃそうだろう。これはドラゴンやワイバーンと比べても大きいくらいじゃないか。こんなコチコチの翼じゃあ、羽ばたくことは出来ないよ」
翼は羽ばたくからこそ飛べるんだ、とギーシュは講釈を垂れる。シエスタもうなずいた。
「でも、ひいおじいちゃんは譲らなかったそうです。すごく働き者で、色んな便利な道具を思いつく人で……尊敬できる人だったけれど、変わり者だったって」
オートバジンは不満げにランプを明滅させて、
「だろうな、この世界じゃ」
とだけ言った。ギーシュとキュルケはつまらなさそうに“竜の羽衣”を見上げる。巧だけは、少しばかり懐かしさを覚えて戦闘機の周囲を一回りした。
その様子を見て、彼らの落胆が伝わったらしい。シエスタは、いそいそと言葉をつむいだ。
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