夢の続き/虚無の暗黒
王都には浮かれた空気が漂っていた。王宮の窓の外からは、戴冠式から数日が経っているにもかかわらず、まだお祭り騒ぎを続ける群衆の声が聞こえてきている。
「トリステイン万歳!」
「アンリエッタ王女万歳!」
ルイズはため息をついて、隣で同じようにつまらなさそうな顔をしている巧に文句をつけた。
「あんた、もうちょっと嬉しそうな顔しなさいよ。これから姫さまにお会いするんだから」
巧は彼女を一瞥すると、口を尖らせる。
「お前こそ、嬉しくないのかよ。お前の掴んだ勝利だろうが」
「……」
「姫さまの結婚も流れたんだろう。万々歳じゃないのか」
言葉とは裏腹に、巧には愉快そうな様子がない。ルイズはもう一度ため息をついて、応接テーブルに身を投げ出すように肘を着いた。
「戦時の王女様になるのと、政略結婚で嫁に出されるのと、どっちがマシなのか私にはわからないわ。今だって、ゲルマニアの使者が来てるって話じゃない。想像できる? お休みなんて一日も無いんだから」
そりゃキツいな。巧はほとんど呟くように答えた。国賓のための待合室は広すぎて、彼には少し居心地が悪い。
あの後……タルブ上空での戦いが終わった後、おっとり刀で駆けつけたトリステイン軍はアルビオン陣地への突撃を敢行した。支援砲撃と艦隊の喪失を受けて混乱し、士気の下がったアルビオン軍は総崩れとなり、トリステインは緒戦において大勝利を収めた。
……らしい。巧がそれを聞いたのは、魔法学院に戻ってしばらくしてからだった。
もちろん、ルイズも巧も、自分たちのしたことについては固く口を閉ざしてきた。何しろ聞いたところではジェットスライガーは“フェニックス”として処理されているということだし、そもそもあの時何が起こったのかについては、互いに理解しかねるところがあったからだ。
「姫さまは、どうして私たちをお呼びになったのかしら」
「さあな」
「あんた、誰かに話したんじゃないの? その、“虚――」
む、は発音できなかった。部屋の扉がノックされて、男が顔を出した。
「ラ・ヴァリエール嬢。陛下がお呼びですぞ」
「か――かしこまりました。マザリーニ枢機卿?」
「何か?」
「もしかして、今の……いえ、なんでもありませんわ。すぐ向かいます」
少し動揺した声で「行くわよ、タクミ!」と言って、ルイズは出された紅茶を流し込んだ。結局冷めなかった紅茶を眺めて、巧は立ち上がる。大抵、彼が席を外すよう求められるのはこのタイミングだ。
「では、こちらへ」
だが、いかにも「平民でござい」という様子の巧を、枢機卿だという男は一瞥しただけだった。巧はルイズと並んで、アンリエッタの居室に通された。
「ルイズ! ああ、ルイズ!」
マザリーニ枢機卿が扉を閉めるやいなや、アンリエッタはルイズに駆け寄った。
「姫さま……いえ、姫殿下とお呼びしなければなりませんね。殿下もご機嫌麗しゅう」
「ルイズ、ルイズってば。そんな他人行儀はやめてちょうだい。私から最愛の友人まで取り上げてしまうつもりなの?」
ルイズは顔を上げて、いたずらっぽく微笑んだ。
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