ラグドリアン湖にて/予兆
数日後。巧たちはガリアとトリステインの国境沿い、ラグドリアン湖にいた。丘から見下ろした湖は海と見紛うほどに巨大で、巧の感覚では琵琶湖よりもひとまわり以上大きいように思われた。
だが、水をなみなみ湛えた湖のありようは、どこの世界でも変わらないらしい。陽光を受けて輝く湖面を、巧は存外に懐かしく思った。
「ヘンね」
モンモランシーが眉をひそめる。
「水位が上がってる。ラグドリアン湖の岸辺は、ずっと向こうだったはずよ」
「むー!」
「増水したみたいね」
ルイズが馬を降りて、手庇を作った。
「ほら、あそこに屋根が出てる。村が飲まれちゃったみたいね。それも、かなり最近」
「むー!」
「雨でも降ったか」
バイザーをあげて、巧は辺りを見回した。確かに、湖の中に黒々と沈んだ建築の姿が見て取れる。ここまでの道中、それほどの大雨が降った痕跡は、見当たらなかったが……。
「むー! むー!」
「どうかしら。本人に聞いてみましょうか」
モンモランシーが波打ち際に近づく。指を水に浸して目を閉じた。
その時、オートバジンの後部から、転がり落ちたものがあった。簀巻きにして連れてこられたギーシュである。
顎の力だけでさるぐつわを引き剥がし、ギーシュは叫んだ。
「ぶはっ! モンモランシー、モンモランシー! どうしてぼくをこんな目に合わせるんだい? こんなにもきみを愛しているこのギーシュ・ド・グラモンを! ひょっとしてぼくのことが……嫌いになったというのかい!? それならいっそ、このぼくは……!」
簀巻きのギーシュは飛び跳ね、ラグドリアン湖に入水を試みる。
巧は無言で、ギーシュの足を引っかけた。湖のはるか手前で、ギーシュは再び地面に転がった。
「ぐっ……タクミ、邪魔をしないでくれ! モンモランシーがぼくを愛してくれない世界になんて意味はない。せめて、彼女に愛を証明してから、華々しく散りたいんだ!」
「ギーシュ……」
立ち上がったモンモランシーは平べったい声で名前を呼ぶと、懐から小瓶を取り出した。
「私はあなたのことを嫌いになったりしないわ」
「ほ、ほんとうかい!? だったらこの縄を……」
「でも私、あなたの気持ちがわからない。愛の証明をしたいなら、これを飲み干してくれるかしら?」
「もちろんだよ、モンモランシー! それがどんな毒でも構わないさ。一息に飲み干してみせるよ! できればその前にこの縄を……ムグッ」
小瓶の水薬を流し込まれたギーシュは、たちまちに白目を向いて、昏倒した。水薬は、尋常の人間であれば一週間は眠らせておける、強力な睡眠薬なのだという。
「ごめんなさい、二人とも。もうすんだわ」
モンモランシーが振り向く。巧はルイズと顔を見合わせた。
「私たちは、いいんだけど……ギーシュは本当に大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないわよ。でも、こうでもしなくちゃしょうがないじゃない! 私の退学と……貞操がかかってるのよ!」
ギーシュは尋常の状態ではなかった。モンモランシーの睡眠薬を何回飲んでも、彼は数時間で覚醒し、“愛”を旗印に暴走を続ける。ギーシュが眠っている間に解除薬を調合する予定だったモンモランシーは、早々に白旗を上げた。
「ねえ、お願い。図々しいことを言っているのはわかっているわ。でも今だけ、本当に今だけ力を貸して。なんらかの形で、お礼はするから」
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