全速力で港町/霧の中の婚約者
「ふーむ」
息せき切って飛び込んできたコルベールの報告を聞いて、オールド・オスマンは髭をいじった。彼はアンリエッタと一緒に、学院長室の窓からルイズ達を見送ったところである。
「これはことですよ、オールド・オスマン。フーケが脱獄したとあっては! 魔法衛士隊が出払っている今を狙って、手引きをした者がいるということですぞ。それも城下に!」
「わかったわかった。その件は後で聞こう」
「ですが……」
「ミスタ・コルベール。姫殿下の御前ですぞ」
オスマンは静かにそう言って、コルベールに退出を促した。
コルベールが不満げに退出したのを見届けると、アンリエッタは机に手をついた。
「ああ! 城下に裏切り者が……アルビオン貴族の手の者でしょう。一体、これからどうすれば……」
「まあ、落ち着きなされ。すでに杖は振られたのですぞ。我々には待つことしか出来ますまい」
「それは、そうですが」
「何、一行には彼がいます。お会いになりましたかな、ミス・ヴァリエールの使い魔と」
「あの青年が、何だと言うのです? ただの平民ではありませんか」
オスマンは微笑んだ。
「貴族だ、平民だ、と先入観で物事を見てしまうのは、我々メイジの悪い癖ですな。彼はガンダー――いや、おほん。彼は異世界から来たのです」
「異世界、ですか?」
「左様。ハルケギニアではない、どこかの世界。そこからやってきた彼ならば……と、まあこの老いぼれは考えております」
「ここではない、どこか……」
アンリエッタは、巧の消えて行った街道の先を見つめた。彼の乗っていた奇怪な乗り物を思い出す。
「では、賭けてみましょう。わたくしの知らない世界の可能性に」
◆
「ちょっと、ペースが速くない?」
いつの間にか、ルイズは昔の口調でワルドに話しかけるようになっていた。ワルドは背後を一瞥する。すぐ後ろをギーシュがへばって、そのかなり後ろを、銀色の馬に乗った巧がついてきている。
「ギーシュも馬も、潰れちゃうわよ」
「急ぐ任務だ。出来れば、ラ・ロシェールの港町まで、休憩なしで行きたいんだが……」
「無理よ! 普通は、早馬でも二日かかる距離なのよ。仲間は置いていけないわ」
「やけに、彼の肩を持つんだな」
ワルドは少し笑う。
「もしかして、彼は君の恋人かい?」
「違うわ」
「本当に違うみたいだな……分かった。次の駅で、もう一度馬を変えよう」
「ありがとう」
「婚約者の頼みだからね」
ワルドはまた、笑顔を見せた。魅力的な笑みだ、と思う。しかし――。
「ワルド、あなたもてるでしょう? いつまでも、私みたいな婚約者を相手にしなくても」
「いいや。君は魅力的な女の子だよ。十年前から、ずっとね。僕は、いつか立派な貴族になって、君を迎えに行くと決めていたんだ」
ワルドはルイズを覗き込んだ。
「心配しなくてもいい。この旅で、きっと僕らの距離も縮められるよ」
駅が近づいてきた。ワルドは手綱を引いて、グリフォンの速度を緩めた。
「どうした?」
馬とグリフォンに気を使って距離を開けていた巧が、あっという間に追いついてきた。巧はぎしり、と銀の馬を停めると、“ヘルメット”のフタを開ける。
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