04話 人魚は魚類じゃなくて哺乳類です
「軟弱なんだよ」
「熱中症なら仕方ないでしょ」
人魚はシャチやイルカといった、完全水棲哺乳類には泳力の面で劣る。それは単に身体の大きさから来る筋力や心肺能力に差があったり、上半身が流線形ではないため水の抵抗が大きかったりといった理由から来るものだ。
だがそれでも、二足か四足歩行の人類とは比べ物にはならない。結果として、凄い速度で泳ぎ回る人魚と、それにどうにか追いつこうと無理をするか、完全に諦め小高い場所から見学に勤しむ山人、という図式が現出していた。
「わっわっ、今2mくらいジャンプしたよね!?」
「イルカみてーだな」
「凄いバネねえ」
出せる速度が違うため、陸人ではオリンピック選手ですら難しい、そんな芸当も朝飯前なのだ。それを見ていた皐月が、顎に手を当て獄楽を見た。
「どーした?」
「ひょっとしたら希なら勝てるんじゃないかと思って」
「いや、さすがに無理だろ」
「そうかしら、やってみたら案外行けるんじゃない?」
少なくとも一部では勝っている、水の抵抗的に考えて。いやまあ、女としては負けていると言えるのかもしれないが。
「そういう菖蒲はどうなんだよ、力ならお前の方が強いだろこの腹筋」
「水泳は力だけ強くてもねえ……」
『前世』のおかげでクロールバタフライ背泳ぎ平泳ぎと泳げはするが、人魚にはちょっと勝てそうにない。それに運動神経や反射神経は獄楽の方が上だ。
「ちょっと待って今私罵倒されたの? 腹筋って新手の罵倒だったの?」
「姫はどうだ? 馬力あるんだし、行けるんじゃね?」
「うーん、ちょっと無理かなあ。人馬は泳ぐ速度は遅いから」
形状的に水の抵抗が大きく、動力となるべき脚も細く、おまけに犬かきにならざるを得ないので、泳いでも速度が出ないのだ。いや単純な速度はそれなりなのだが、筋力相応か、と言われると首を傾げざるを得ない。当然ながら、速度は人魚に及ぶべくもないのである。
「水辺だからって流そうとしないで頂戴この貧乳」
「おまっ、言ってはならんことを……!」
胸を抉られた獄楽と、腹を蹴られた皐月がにらみ合う。次の瞬間どちらからともなく両手が伸び、その真ん中でがっしと組み合った。
「希ちゃんあやちゃん、落ち着いて……」
「落ち、着いてる、わよ……!」
「ああ、落ち着いて、ない、のは、菖蒲の、方だぜ……!」
ぐぎぎぎと双方の手が震える。拮抗してはいるものの、皐月の方が若干優勢だ。このままでは程なく押し切ってしまう事だろう。
「何やってんのよッ!!」
「痛っ」
「ぐぉぅ」
だがその不毛な戦いは、後ろから現れた御魂が双方の頭に手刀を叩き込むことによって、強制的に中断された。
「まったくもうアナタたちは! わざわざ恥を晒しに来たの!?」
「だってコイツが」
「複数形にしないでよ」
「お黙りなさい、喧嘩両成敗!!」
腰に手を当て仁王立ちで、ガミガミガミと説教のマシンガンが飛ぶ。それを苦笑いで見守る君原を横に、夏の日の午後は過ぎて行った。
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