第十一幕 先陣の風、西の方より
「ほう、また化け猫横丁で事件がのう。……どうせ、窮鼠組を真似たはぐれ妖怪の仕業じゃろう、案ずることはないぞ、総大将」
「ならばよいのじゃが……」
休日の昼下がり。奴良組本家の縁側で総大将ぬらりひょんと奴良組幹部の妖怪――狒々が語り合っていた。庭先では奴良リクオが小妖怪たちと戯れながら、池に住む河童に水をかけてやっている。
狒々は構成妖怪数三百人の大所帯『関東大猿会』を束ねる大妖怪である。彼は奴良組の中でも相当の古株で、ぬらりひょんとの付き合いも長い。時々、こうして二人で一緒に茶をすする程度の交流を保っていた。
彼らが今話題としていたのは、先日化け猫横丁であった騒ぎについてだ。
今朝方、店先に出た従業員が突然の突風に見舞われ、衣服をズタズタにされたいう話。
今のところ、それ以外の被害は出ておらず、大した実害には至っていないのが現状。しかし、化け猫横丁と言えば、先日も破門された窮鼠組が暴れ回った場所でもある。
そのことが気がかりなのだろう、その話題を口にしたぬらりひょんは浮かない表情をしていた。
「そうだ。はぐれ妖怪と言えば」
「ん? どうした狒々よ」
そんな、ぬらりひょんの心配を杞憂だと笑い飛ばそうとした狒々だったが、彼はそこで何かを思い出したかのように少し難しい顔を――といっても、狒々は常に能面を被っており、その素顔を誰にも見せない。
ぬらりひょんは長い付き合いから、辛うじて、その能面の裏側で眉間にしわを寄せているであろう狒々の表情を察することができた。
「ここ最近、はぐれ妖怪たちや奴良組の下っ端妖怪たちの間で噂になっておるよ。恐ろしい陰陽師の話が。そいつの仕業ではなかろうかのう」
「ほう、それは例の花開院家の娘……とは別の奴のことなんじゃろうな……」
その噂ならばぬらりひょんも耳にしたことがある。
何でも、ここ数ヶ月。恐ろしい人間の陰陽師が影で人間に危害を加える妖怪たちを容赦なくシバキ倒しているという。だが妖怪たちの間でも半ば都市伝説として語られている、所詮は眉唾な話だ。
実際、被害にあったと主張する妖怪たちは決して多くを語ろうとしない。よっぽど恐ろしい目にあったのか、あるいは口止めでもされているのか、あるいは話自体がまがい物なのか。
いずれにせよ、ただの噂だと思って、深くは調べようとはしなかった件だ。
「……のう、総大将。その化け猫横丁の件と、陰陽師の件。この狒々に任せてくれんか?」
「なんじゃと?」
すると、狒々がぬらりひょんに対し、そのように申し出ていた。
「横丁での騒ぎの真相。陰陽師の正体。どちらも、このワシが暴いてしんぜよう」
「やめとけ、やめとけ。お主が出ていくこともない」
しかし、その申し出にぬらりひょんは軽く狒々を止めようとたしなめる。
そういった調査は、街の見回りを役割とする鴉天狗の息子たち。三羽烏たちのような若い妖怪の勤めだ。
狒々のような重鎮が重い腰を上げて乗り出すような案件ではない。
だが、狒々がぬらりひょんの言葉にはうなづかず、その能面の目を庭先にいるリクオの方へと向ける。
「先日の総会。三代目を継ぐといった若を見て、昔の総大将を思い出したよ」
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