第十五幕 怒涛の一日
「おはよ~、家長さん!」
「うん……おはよ。下平さん」
「? なんか元気ないね、どしたの?」
クラスメイトの下平と挨拶を交わしながら、浮世絵中学校までの朝の通学路を歩くカナ。下平の指摘通り、その声にはいまひとつ元気がなかった。
現在、カナの心はとある心配事で埋め尽くされていた。この浮世絵町を荒らしにやってきた余所者妖怪たち、いまだにその脅威は去っていない。しかし、そんなことを彼女に相談できる筈もなく、とりあえず当たり障りのない笑顔で場を誤魔化す。
「ううん、なんでもないよ。……あれ、そういえば下平さん今日は日直じゃなかったけ?」
「――やばっ! 忘れてた!!」
ふと、カナが思ったことを指摘すると、下平の顔が青くなる。どうやら完全に忘れていたらしい。血相を変えて先を急ぐ下平を、苦笑いでカナは見送る。
カナは彼女の後を追いかけるように、すこし歩を早めて学校まで歩き出す。あっという間に校門まで辿り着き、そのまま門を跨ごうとした――その瞬間、カナの足が止まる。
校門のすぐ側、着物とゴーグルをつけた見るからに怪しい男がしゃがみこんでいた。
おまけに、その男には首がなかったのだ。
――………。
一瞬、例の余所者妖怪かと身構えかけたが、どうもそんな感じには見えない。男は携帯電話で誰かと話しこんでいるようだ。カナはその場に留まりそっと聞き耳を立てる。
突然、校門で立ち止まった彼女に他の生徒たちが不思議そうな目を向けてくる。どうやら他の生徒には男の姿は見えていないようだった。
「四国の奴ら………襲われ……リクオ様を守るの………」
ひそひそと話しているため男の言葉の全てを聞くことはできなかったが、「リクオ様を守る」という部分は聞き取れたことで、カナはようやく男の正体を察する。
その男もまた、及川や倉田と同じリクオを守るために派遣された彼の護衛。そういえば、一昨日あたりから学校内を漂う妖気の数が増えたよう感じた。おそらく、そのときからすでに護衛の数を増やしていたのだろう。
とりあえず敵ではないことに安堵するカナに、不意に男が視線を向けてきた。
校門で不自然に立ち止まった彼女を不審に思ったのだろう。カナは男に怪しまれないよう自然に足を動かして校舎へと歩いていく。
校舎から校門までの道筋にあるスロープの上。中学校には完全に不釣合いなキャバクラ嬢風の女性が生徒たちを監視するように目を光らせていた。こちらからも特に敵意などは感じない。
校舎前。大柄の男子生徒――倉田が携帯電話で誰かと会話しながら仁王立ちしている。
彼の姿は他の生徒たちにも見えるようで、皆が彼を避けるように校舎へと入っていく。そんな彼に、カナは一応声をかける。
「おはよう。倉田くん」
「……ああ」
カナの挨拶に心ここにあらずといった様子で返事をする倉田。彼もまた敵勢力を警戒して神経を尖らせているのだろう。
それ以外の他の場所からも、ちらほらと妖気が発せられている。奴良組の厳重な警戒態勢に安堵感と若干の窮屈さを同時に感じる。自分まで監視されているような気分に、カナの気が多少滅入る。
――でも、これだけ厳重なら敵も手も出しにくいはず……。
それは半分以上カナの希望的観測だったが、あながち間違いでもなかった。
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