報酬・戦う理由
軍隊を、物の面から見れば支えるのは報酬では。
恐怖だけでどれだけ支えられるでしょうか?
『北斗の拳』のラオウなどならば恐怖だけでいいでしょう、熟睡中・女を抱いている時・トイレの最中を百人で襲っても返り討ちなのですから。でもそれは現実の人間には無理、どんな独裁者も親衛隊長の拳銃の前には無力。
報酬がなければ軍隊は成立しないはずです。
本当に?
軍隊を成立させる、人を戦わせるのは何か。
「心か物か」。この問いに戻ります。
人類が進化してきた、狩猟採集の小集団。
飢えれば子や老人から死んでいく、だから奪って食う。
逆に他の集団も同じことをする……女は犯され奪われ、それ以外は儀式的な拷問の末に殺される。乳飲み子も殺される、母の授乳を止めて妊娠可能にするため。
子が餓死するのも、妻が犯されるのも嫌だ、だから戦う。やられる前にやる。子や女を守る、生かす。
至極当然な戦う理由です。進化心理学的にも……遺伝子のためにも。
群れが大きくなり、国家になったときも、同じことが言えるでしょうか。
都市国家であれば、負ければよくて男は皆殺し女子供は奴隷。悪くすれば赤ん坊から老人までとんでもない拷問凌辱の末に皆殺し。それが嫌だから戦う。狩猟採集時代と変わらない、当然のことです。
しかし国家が大きくなれば、国家を守ることが必ずしも自分の妻子を守ることにはつながらなくなります。故郷から歩いて53日以上かかる砦を何年も守ることが、どう自分の妻子に関わるのか。それ以前に妻子の顔さえ忘れ、なじみの娼婦、現地妻もできる。
まして戦争の理由が意味不明になれば。
第一次世界大戦、はるか海の向こうの国の皇太子夫妻が暗殺され、暗殺した国と同じ民族の大国と同盟のそのまた同盟……
やーめたと帰ったところで、アメリカで暮らす妻子が征服者に殺される可能性は事実上絶対ないのに、なぜ自分が死ななければならない?
まして戦争によっては、エニグマの秘密を守るためコベントリーを犠牲にしたように、妻子の住む村を犠牲にして勝利を目指す必要すらときには出てきます。家族が拷問処刑されることも承知でレジスタンスに参加した人も多くいました。
国が大きくなる。
奴隷という要素ができる。大集団を集め、大規模な土木工事をしたり、大人数の軍を動かしたりする。
基本的には人数の多い強い者が、強いから税を略奪し、人も略奪する。
従うまで殴る。心から従っていると納得できるまで殴る。
それでも人はかなり従うでしょう。
しかし、どこかで限界は出るでしょう。十分殴るだけで人を生涯、完全に服従させられるなら、宗教も国家システムも儀式も旗も音楽も必要ありません。そして報酬も。
ただ、物質報酬抜きに戦わせる限界は、かなりとんでもないところにあると思われます。
ナポレオン一世に征服されたスペインは、末端まで生命を捨てて抵抗しました。すでに国家という意識、国民の誇りがあったのです……貴族に踏みにじられるだけのみじめな庶民も、フランス人を解放者としてあがめるより、フランスに負けるぐらいなら死んでも戦うことを選びました。
なんの権利もなかったロシア帝国の兵も、クリミア戦争でも第一次世界大戦でも、フランスやイギリスと変わらず指先を伸ばして機関銃に行進しました。
第二次世界大戦の独ソ戦でも、この上なく悲惨に踏みにじられていたソ連の民は一人残らず、すさまじいとしか言いようがない戦いぶりでした。事実上一切物質的な報酬はなく……わずかな兵がベルリンで強姦の限りを尽くしたり、かなりの地からドイツ系を民族浄化と言っていいような追放をやったりはあったにせよ、到底割に合うものではありません。
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