ハーメルン
ハイスペックニートが異世界─#コンパス─で枝投げ無双してみた件
#3/ビハインド・グラス・クライシス─Ⅰ─

木の枝を握る手に一層力が入り、自分の手のひらが汗ばんでいたことに気がついた。

対峙する、制服姿の女の子が耳障りなチェーンソウの刃の音を響かせながら、口元に弧を描く。
藤色の前髪の隙間から真っ赤な瞳がこちらを射抜き、思わず「ひっ」と声に出てしまった。

「……アなたトってモ()キがイイのねサっきの一撃カワすだナんて……」

ぼそぼそと抑揚のない一本調子の声が、壊れたラジオのように話し出す。

何なんだこの子、人間?人間でいいんだよねぇ、むちゃくちゃ怖いんですけど。

後ろにいるリリカちゃんを隠すように、ゆっくりと体勢を変える。そんな僕の動きに気付いたのか、庇うように後ろへと下げていた左腕──正確には、その腕の先にある袖口──が、そっと握られた。
動揺し、思わず顔だけ振り返る。リリカちゃんの表情からは緊張の色が拭えなかったが、彼女はそれでも、僕の瞳を真っ直ぐに見つめながら笑顔を見せてくれた。

まさか、僕のこと勇気付けてくれて……!?
ほんの数秒前まで、あの凶悪なチェーンソウの餌食になっていたかもしれないこの状況で、他人のことまで思いやってくれる優しさにすべての僕が感動した。
尊い。僕、今なら死んでも、

「フふッ、ふフフっ!こンなに楽シイのハひさシぶリ……頭はガンガンなりッぱナしダケどねェアなタワたし二斬らレテよ……!」
「よくなーーーーーい!?」

勢いよく振り下ろされてくるチェーンソウに目を見開き、急いで飛び退くと同時に、僕が居た地面がギャリギャリと不快な金属音と共にえぐられた。

待って、本当に待って。本当に何なのこの子!?

ボイドールは個体ごとのデータ収集と分析云々と言っていたが、あの子もその内のひとつってことなのか。
だとしたら、用意するデータの振り幅広すぎない?こっちはニートと魔法少女で、あっちは殺意高めの女子高生なんですけど!?

「ネぇどぉシて逃げルの」

自身の体躯ほどもある巨大なチェーンソウを構え直し、ふらり、ふらりと彼女が歩を進める。後ろに編んだ長い髪が彼女の足取りに応じて左右に揺らめき、不気味さに拍車をかけていた。
一歩、彼女が進む度に、気圧されるように後ろへと下がる。

「……き、斬られると、死んじゃうんですけど」

果たしてまともな会話が可能な状態なのかはわからなかったが、コミュニケーションを試みるように言葉を返すと、彼女は意外にも反応を示した。

「あハッ。大丈夫ちョッと斬るダけダから死ナないヨ斬ルだケだモノどウして死ヌの?」

小首を傾げながら訊き返す姿には、歳相応の女の子らしさがあったが、見せ付けるように構えたチェーンソウがまるで女の子らしくない。

ちょっと斬るだけ、とは彼女の主張だがあんなフラフラした様子では「ちょっと」が「全部」になりかねない。あと僕の常識が正しいのであれば、「チェーンソウでちょっと斬る」は割と普通に死に瀕するのでは。

「あ、危ないしさぁ……別のもの、斬ろうよ?ほら、ここ、木とかもいっぱいあるし……」
「……何そレつマラなイ斬ッて血が出るノがイイのに」

赤い瞳が忌々しげに細められ、低く唸るような声に背筋が凍る。

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