第十九話 都大会後
「関東大会まで二週間弱、そして夏の本戦まで3ヶ月を切っている。目標の無い練習は日々をただ食い潰すだけだ」
放課後の夕方練習の直前、1年生から3年生まで例外なく並んでいる部員達を前にして片岡監督の激が飛ぶ。
「小さな山に登る第一歩、富士山に登る第一歩…………同じ一歩でも覚悟が違う」
装備や意識、同じ山登りだとしても歩むべき道程は全く違う。必然、その一歩の覚悟もまた違うのだと語る。
「俺達の目指す山はどっちだ?」
当然、富士山に決まっているとスタメン達のギラついている眼が無言で物語っていた。
「目標こそがその日その日に命を与える! 高い志をもって日々の鍛錬を怠るな!!」
『はい!!』
片岡監督の激に応えるように大きな返事がグラウンドに響き渡り、三々五々に各自の練習場所に向かって散っていく。
100人近い部員を見事に統制している姿を片岡監督の後ろから見ていたコーチの落合博光は顎髭を擦って感心していた。
「新1年生を合わせ、総勢94人。なんとも盛観な練習風景ですな」
コーチと言いつつも就任したばっかりで選手の顔と名前が一致していないので大した仕事をしていない落合に、何故か扇子を広げて持っている校長が話しかけて来た。
「前の紅海大相良もこれだけの人数がいたとか」
「ええ、まあ」
現場に上層部が首を突っ込んで良くなった試しを知らない落合は適当に相槌を打ちつつ、当の自分もその当事者だと思うと少し憂鬱になった。
「都大会優勝おめでとうございます。これも落合次期監督の指導の為せるものと」
「私は何もしてませんよ」
「謙遜を」
「まだ選手の顔と名前が一致しないもので指導らしい指導は本当に何も。給料泥棒と言われても仕方ありませんがね」
校長たちは落合がコーチに就任して直ぐに結果を出したと思ったらしいが普通に無理。
仮にしていない落合の指導のお蔭であったとしても、たった1、2ヶ月でチームが劇的に強く成ったとしたら片岡監督の育成力にあることになる。
「寧ろこのチームに私は要りますか?」
何年も前からオファーされて秋季大会での市大三高との試合を見て、紅海大相良の山本監督の勇退がこの夏に決まっていたから早めに次期監督の話を受けたというのに今のチーム状況を見るに自分が必要とは思えなかった。
「しかし、ここ5年、甲子園から遠ざかってますからねぇ。そろそろ我が校の名を全国に轟かせてもらわないと困るのですよ」
校長の太鼓持ちである教頭の言葉は野球強豪校としては持って当たり前の危機感であるので落合も何も言うことはない。
「片岡監督は選手個々の能力は去年のベスト4のチームを遥かに上回るとか言っていましたが、進退が極まっている人の言うことを素直には信じれない。私達は甲子園に出れる人材を呼んだつもりです」
教頭と校長がそれぞれの見解を述べるが、たった1ヶ月程度の付き合いに過ぎないが間違いは訂正せねばならない。
「私は去年のそのチームを知りませんが都大会を見させてもらった上で言わせてもらうとしたら、目標である全国制覇も夢ではない選手が集まっています。片岡監督の言葉は嘘でも大言壮語でもありませんよ」
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