第二十話 教えて、クリス先生
紅白戦で認められ、二軍に昇格した沢村栄純と降谷暁は滝川・クリス・優の指導を受けることになった。
十分に結果を出したクリスが一軍に上がらなかったのは1年生の指導役になる為だと知っているのは数人だけ。
「2人には課題が多い」
片岡監督から1年2人の指導を任せられたクリスから告げられ、沢村も降谷もムッとした顔を浮かべる。
「何がですか?」
紅白戦で自分達の球を何なく受け止め、誰よりも試合をコントロールしていたことを間近で無意識に感じ取っていただけに理由もなく受け入れられるものではない。
「沢村は新しいフォームがまだ定まっていないから制球が安定せず狙った場所にボールが行かない。紅白戦で増子以外に打たれたなかったのは奇跡に近い」
「ぐっ」
体の影に隠れて左腕が全然見えないと思ったら突然、球が現れる変則フォームはストライクゾーンから外れていても出所が見えずにいきなり球が投げられるから軌道が読めない。ムービングボールであることも合わさって初見殺しとしては十分。
「ボールを使ってネットスローをしてフォームを固めることを優先する。後、守備が杜撰過ぎだ」
守備の下手さに関しては沢村も痛感していたので項垂れるしかない。
「色々と言いたいことはあるが、これ以上は言っても仕方あるまい。様々なケースを想定して、どう動くかを頭に叩き込め。後は只管反復して体に覚えさせるしかない。これは降谷にも言えることだぞ」
「…………はい」
「嫌そうな返事だな」
「いえ、そんなことは」
とは言いつつも、率先してやりたくはないという思いが顔で丸分かりの沢村と違って、降谷は表情の変化が薄く多少分かり難いながらもクリスにはお見通しである。
「野球は投手がボールを投げて初めて動き出すスポーツだ」
「そんな当たり前な」
野球をやっているならば誰も分かることを言い出したクリスに沢村は思ったことを口に出し、降谷は内心で思うだけに留めた。実に対照的な2人であった。
「そう、当たり前のことだ。だが、本当に分かっているか? 投手ほどボールを触っているポジションが他にないということの意味を」
知識だけはあった文悟とは違って、真っ白な1年生2人が理解していないことにクリスは先行きが不安になった。
「投手が全打者を三振に取れるのならば何も言うことはないが、現実を見れば半分も三振を取るのも難しい」
「石田先輩は都大会で半分以上三振を取ったと聞きましたが」
「何事にも例外はある」
ゴホン、と降谷のツッコミに咳払いをして話を戻す。
「1本もヒットを打たれない。四球も含めてランナーを出さないまま終わるのは極めて稀だ。例外はあるが……」
話を戻そうとして、都大会で文悟が1人もランナーを出さずにコールドによる参考記録ながらも完全試合を成し遂げたことを思い出した。例外が多い気がしてしまうが強引に本筋へと意識を帰還させる。
「内野手とのセットプレー、ベースカバーの遅れ、ほんの小さなミスがチームに敗戦を招くことがある」
去年の夏の予選で、たった1球の対処を誤って青道は稲城実業高校に敗れた。
敗北という結果を前にしては、想定外など言い訳にもならないのだから。
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