4話
しかし姉には求められない。アルクにとって本当の家族という存在は自分の心の楔の一つだから。今優しくされていてもいつか見放されるのではないかと、裏切られるのでは無いかと考えてしまう。
ならば家族以外になら?それは須らく偽物でしかない、しかし心の拠り所にはなる、偽物が本物の代わりにならないということは無いのだから。だから
「抱きしめて…くれませんか…」
「っ!!」
「やっぱり駄目…ですか…」
「そんなこと無いわ、大丈夫よ」
ふわりと正面から抱き締められる、花の香りがする、母の温もりなど感じたこともないのにこれは確かにそれそのものだと思った。
他人に母性を求めるなど正気の沙汰では無いが俺が居た環境もまた普通では無い、ならばこれはアルク・スカーレットにとって正常なのだろう。
俺なりにアルク・スカーレットを分析して行動してみたがボロが出てないだろうか、俺はきちんと演じられているだろうか。不安な気持ちが去来する。
「貴方は─ここに居たい?」
「分かりません…ここに居ていいのか…という気持ちならありますけど…」
「なら、考えておいて?私達八雲家は貴方を歓迎するわ」
「わかり、ました…」
「ふふ…やっぱり貴方はいい子ね…」
抱き締められながら頭を撫でられる、頭が暖かくなってきてボーッとなってくるが頭の回転を止めると何が起こるかわからないので自分に喝を入れる、具体的には魔法で体内を活性化させて常時脳みそフル回転状態だ、後で死にそう。
「もう…大丈夫です」
「あら、もう良いの?」
これ以上は俺が死ぬ。
「これ以上やるともっと甘えてしまいそうなので…」
「もっと甘えてくれていいのよ!」
「ふふ…もう十分元気を貰ったので大丈夫です…」
「あっ…アルクが、初めて笑ってくれた…」
俺なんかの為にここまでしてくれたのだ、笑顔ぐらいは見せても罰は当たらないと思う。
アルクは優しいからこれぐらいするだろう、個人的な分析をしつつ今回の事で余り感傷的な気持ちにはならないでおこうと誓った。
ヤバかった、完全にアルクの方に意識が引っ張られてた、記憶を見ているからたまにリンクしたように感情が流れ込んでくることがある、これが今の一番の危険材料、冷静な判断力が完全に無くなってしまう、そうするといつもの俺とズレが生じるのでバレる。真に迫る演技をすればする程ちょっとヤバいので程々にしようと決心した。
「何かあったら呼びなさい、飛んでいくから」
「うん…ありがとう…紫さん」
「こちらこそ話を聞いてくれてありがとね、じゃあまた」
「さようなら…」
スキマから出ていった紫さんを見送った後ベッドに倒れ込んだ、さすがに疲れた、静かに本が読みたい、そう思った俺は新たに部屋に設置された本棚を見つつ本を物色した。
読み終わった本はメイド長に渡し新たな本に変えてもらっているので毎日ラインナップが違う、読書好きには堪らない環境だ。
「これ…かな」
そう思い手に取った本は、自分を普通の人間だと思って疑わない青年の話だ。
妻や子供は居なかったが毎日を平穏に過ごしていたその青年は、ある日自分の思考が普通の人間とはあまりに乖離したものであることに気づく、その異常な思考というのは青年が『変わらない』のだ。
どういうことかと説明するならば、ある日突然向かいの家が全焼してしまうとする、原因は放火魔でまだ捕まっていない。
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