5話
あの子はどんな声で鳴くのだろうか、どんな顔で苦しむのだろうか、どんな言葉で私を責め立てるのだろうか。
そんなことを少しでも考えてしまう自分が嫌になる、これはただの独りよがりの情欲でしかないことはわかっている、しかし考えれば考えるほどドツボにハマっていきドロドロに思考が溶けかける、まるで真夏に置いておいた氷菓のように。それを理性で押しとどめる、もうあの子を傷つけたくないから、家族だから、そんな譲れぬ理由があるのだ。そうやってその少女は、フランドール・スカーレットは今日も一日を始めた。
そもそも正史ならばフランドール・スカーレットが長年の間幽閉される筈だったのに何故、今こうして普通の吸血鬼として暮らせているのだろうか。その理由はアルク・スカーレットにある。勿論彼が何か特別なことをしたという訳では無い、しかし歴史というのは少しの差異、少しのズレで方向を変えてしまう、バタフライエフェクトというやつだ。それに伴い、フランドール・スカーレットという吸血鬼は己の内に秘めた『何か』を押しとどめることに成功していた、今までは。
「本当に鬱陶しいね…これは…」
「どうしたの…?フラン姉様」
「ううん!何も無いのよ!」
「そう…?だったらいいけど…無理しないようにね?」
愛しい弟が目の前に居るというその事実だけで理性の鎖が解けそうになる、自分の中の『何か』が飛び出していく、目の前の弟の尊厳を奪おうとする。今日は書類の整理を一緒にする約束をして、舞い上がっていたというのにこれでは天国か地獄かわからなくなってしまう。一旦深呼吸し自分を落ち着かせる、これをすればもう大丈夫。
それにしてもアルクは中々に手際が良い。勿論、今までこれをしてきた私達に比べると遅いが、初めてとは思えぬ処理能力の高さだ。
自分も手を動かしつつ弟の様子もチラチラと見る、全体的に青みがかっているが所々金色のその髪をジッと見つめる。こちらには気づいていないようなので少しそのまま見続ける。
──ああ、あの髪を全て私の色にしてやりたい。なんて、お姉様に怒られてしまう、こんな考え。頭の中が桃色になりかけるが慌てて打ち消す。弟が頑張っているのに自分が書類整理をサボってどうするんだ。
従者からの意見などが届くことがあるので一つ一つ丁寧に見なければならない、まあ妖精メイドからの意見はめちゃくちゃなものが多いんだけど。やれケーキを毎日食べたいだとか、舘の中に森を作って欲しいとか。別に不可能では無いがいちいちそんなことに時間を使うのは勿体ない、お金はきちんと払っているのだから自分で人里にあるケーキ屋で買ってくれば良いのだ。森は知らん、勝手に休みの日に行け。
「フラン姉様…ここちょっと教えて貰って良いかな…?」
「どれ?」
「ここ…」
そう言ってアルクが傍に寄ってきた、めちゃくちゃいい匂いがする。自分の理性の鎖が一本、二本と破壊されていく音がする。これはまずい、このままだとヤバいかもしれない。とりあえず、そこはこうするのよ、と素早く言いなんとか難を逃れた。
そもそもアルクが可愛過ぎるのが悪いのではないだろうか、そんな荒唐無稽な考えが頭に去来してくるがすぐさま自己嫌悪に陥る、自分の堪え性の無さを大好きな弟のせいにしてしまった自分に対して。
しかしこのままではいつか襲いかかってしまうことは明らかだろう、後でパチュリー辺りに何か良いマジックアイテムは無いか聞きに行こう。
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