しにぞこない
隣を歩く少女の話し相手になりながら、歩いて行く。
自分も迷っているので、この状況は二重遭難と言っても間違っていないだろう。彼女の膝に乗っていた文鳥は肩に場所を移しており、穏やかな雰囲気のまま、自分達は歩いていた。
「そういえば、まだ名前を聞いてませんでした!」
手を下に向けて伸ばした少女が自分にそう言う。
「私の名前はイザベラ・アンデ。イザベラでいいわ」
「俺の名前はーーー」
そこまで自分が言ったところで、50m程先の道路上に異物が映った事を確認した。咄嗟に少女の口を手で塞ぎ、近くの土嚢に身を隠す。
「もがっ、いきなり何!?」
「しーっ」
口に人差し指を当てて、静かにするように伝える。
「ネウロイだ」
そこには蟻型ネウロイが、逆方向を見て佇んでいた。
音を立てないようにゆっくり後退していく。緊張した様子の少女とは違い、いつも通りと言わんばかりの態度の文鳥は少女の肩の上で毛繕いをしていた。
そして毛繕いを終えると、天に向かって誇るかのように"ピィッ"とひと鳴きした。
その音に釣られたのか、ネウロイの頭部がゆっくりこちらを向く。そして目が合った。運命的だ。それが感動的なものでは無い事は確かだが。
「ああ、クソっ!」
「きゃあー!?」
少女を脇に抱えて走り出す。先程まで隠れていた土嚢に砲弾が着弾した事が、音と風圧によって分かった。曲がり角を曲がり、走り続ける。文鳥は少女の頭に位置を移っていた。少し首を傾げている。お前のせいだぞ。
背後からは、金属同士の擦れる音が。いや、周囲一帯から聞こえてくる。どうすればいいのか。理路整然と現状を理解して考えろ、思考しろ。
ーーー方針は決まった。強行突破だ。
適当な家のドアの鍵を破壊して侵入し、通り抜けて違う通りへ。
それを数回繰り返すと、結構な広さを誇る広場に出た。そこには死体と、多種多様な砲の残骸、黒焦げになった戦車が散乱していた。
その中心に、テントの残骸があった。恐らくあそこが前線司令部だったのだろう。だとしたら地図がある筈。そう考えて、自分はそこへ駆け寄った。
「うぇ・・・視界が、視界が回るぅ〜」
少女は自分の腕の中で酔ってしまっているらしい。この光景を見ていない事に、少し安堵する。だが、すぐに回復してしまう事は予測出来た。ここに長居は出来ないだろう。
大きな地図が、テントの残骸の端に鎮座していた。
手早く味方陣地の位置と、後退予定の場所を手帳に書き写すと、また少女を抱えて走り出す。
「酔った・・・吐きそう・・・少し、休憩・・・」
・・・そろそろ限界そうだ。
ドアが砲撃によって破壊された家屋を見つけ、そこに入って小休憩をとることにした。
壁に背を預け、水筒に入れていた水を飲む。
「ね、ねぇ・・・水、ちょうだい?」
「ん?あぁ、どうぞ」
ひったくるように自分の水筒を取った少女は、そのまま勢い良く水を飲んだ。
余程喉が乾いていたのだろうか。
「昨日から一回も水を飲んでなくて・・・」
どれ程の時間を、あの二階で過ごしていたのだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。いや、考えるのはよそう。いい事なんて一つもない。一つも。
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