ハーメルン
彼女のゾイドと荷電粒子砲

 圧倒的スケールで姿を現した巨大測定器を前にして、僕の父親のことだからおおかた「Mk-Ⅴといってもインコムは装備されてないぞ」とか言い出すんじゃないかと身構えていた。
 だが僕たちがBelle・Mk-Ⅴを呆然と見上げていたその時、父は近くの管制室らしき部屋に入って、しきりと電話(施設のもの)で誰かと連絡を取り合っていた。さっきバスの中で携帯で会話していた続きらしい。
 真剣な表情に、なんらかのトラブルが発生した気配が読み取れる。測定器の下に戻ってくると空かさず他の職員さんたちに低い声で「すぐさま施設見学者の受け入れを停止、エントランスでの待機を指示。シャトルバスの運行も止めて、バスも避難対応に当たれるように手配しよう。防護服の準備宜しく」と囁くのが聞き取れた。どうやら一番に乗り込んで見学していた僕たちと、後続の見学者との間には大きな時間の隔たりができていたようだ。
「みんな申し訳ないが、機材トラブルが起きたようだ。さっきのシャトルバスもしばらく運行できなくなった。とりあえず防護区画に移ってもらう。本当に申し訳ない」
 父も、父の背後に立つ係の人、職員さんたちも一様に厳しい表情を浮かべ、穏やかならぬ事態の発生が理解できた。
 彼女は、今回も測定器の実物と一緒に撮影をしようと持ち出したアイアンコングを慌ただしく箱にしまい込む。それまで盛んに視線を注がれていた貴重な赤いゾイドは、今は誰にも注目されなくなっていた。
 幾分厚めの扉の、昭和の怪獣映画で目にした変電所の施設みたいな部屋に僕らは案内された。映画との違いは大きめのパソコンモニターが幾つも並んでいること。職員が3人詰めていて、数秒ごとに切り替わるモニターの映像を睨んでいる。ここが緊急避難所であると誇示するかのごとく、無骨で大きめのダクトと空気清浄機が稼働している。モニターを操作する職員の背中越しに、映像を目にした彼女が僕に囁いた。
「あれ、【電子・ポジトロン線形加速器】だよね」
 彼女は陽電子のことを「ポジトロン」と言うようになっていた。
 確かに見覚えがある。最初に見学したセイスモサウルス型の施設だ。
 壁に設置された電気の流れを示すLEDで描かれる光が、緑からオレンジ、そして赤になり、点滅も次々と全灯状態に変わっていく。
「いったい何が起こったんだ」
「わからない。わからないけど、かなりヤバいってことだけは俺でもわかる」
 今回の押川の返答は的確だった。慌ただしく受話器を取る職員の声に緊張が漲り、僕たちの知らない専門用語が飛び交っている。
 父親が戻ってきた。しかし厚い扉が開き、入室してきたその姿に、僕たちは愕然とする。
「緊急事態だ。全員防護服を着てくれ」
 その父も黄色で縁取られた白い防護服、ガスマスクのようなフィルターとゴーグルを身に着けていた。

 回転する赤い警告灯だけで、警報などは伴っていない。目まぐるしく明滅する光は、剥き出しのメカニックだらけの空間を警戒色で彩っている。
 僕たちは更に安全だという地下施設に向かって徒歩で移動していた。クリーム色で統一された【パーシヴァル】の地下のビームライン通路は、決して狭くはないのにひどく息苦しい。それは単に、いま僕たちが防護服を着て移動していることだけが理由ではないだろう。
 ゴーグルが息で曇り視界が狭まる。
 ふと思った。両手が塞がっている状態の彼女は、もっと不安ではないかと。
「エリさん、大丈夫?」
「ええ。でも正直、歩きづらい」

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