⑮(最終話)
目一杯に水が入った数十個の大きなビニール袋が無造作に積まれている。ちょっとでも傷つけただけで、床が水浸しになりそうな作業現場の中心のテーブルの上に、赤いアイアンコングが置かれていた。
「明君、あそこ」
父親の居場所はすぐにわかった。〝Keep out〟の黄色いテープの向こう側、『吉山』の名札を貼った白衣の防護服が、タブレット片手に慎重にアイアンコングMk-Ⅱの作動状況を確認していた。
アコーディオンのじゃばら部分のように伸び縮みする俄か作りのマジックハンドで、アイアンコングを何度も持ち上げたり降ろしたりしている。そしてマジックハンドの先端に付けられたフックで、腰のスイッチをONにするリハーサルを行う。
大人たちが大きな赤い玩具を取り囲み、動かしている光景は滑稽だ。しかし、その赤い玩具が、唯一この巨大施設を守る手段と思うと、自然に緊張してくる。
「来たのか」
父親も僕たちにすぐ気付いた。積まれた水入りのビニール袋が、ビームラインを開放した際に飛び出す荷電粒子を防ぐバリケードであって、そこが絶えず被曝の危険性と隣り合わせの場所だと語っている。親・保護者ならば、成長期の子どもたちが近づくのを阻むはずだが、仕事に集中していることと、アイアンコングの行方を必ず探しに来るであろうことを予測していたのか、少し眉をひそめただけですぐにタブレットに視線を落とす。
予想通りアイアンコングは軽装化されていた。右肩の大型ビームランチャー、左腕の連装電磁砲、背中の高高度対空ミサイル、マニューバスラスターユニットは外され、ほぼノーマル仕様のアイアンコングのように見える。逆に腰のスイッチが延長されていて、マジックハンドのフックで操作しやすくなっている。
「みんなが、お母さんのゾイドを……」
彼女の言葉はそこで途切れる。
言葉の先に秘めた想い。何を考え、言おうとしたのだろう。それを尋ねることはできない。
「本当にあれを使うのか」
信じられない、という気持ちが押川の口調に込められている。
「絵梨、大丈夫?」
泊さんの問いかけに頷く彼女の肩は、震えている。
一瞬、僕は父親に代わって謝ろうと考えたが、やめた。僕が謝っても、なんにもならない。もっと悲しくなるだけだ。
「信じよう、あのアイアンコングMk-Ⅱが、みんなを守ってくれることを」
悲しい記憶だけを残さないような、精一杯に勇気付けられるような言葉を考えた。それだって、何の役にも立たないのだけど。
まるで出撃直前の戦士のように、アイアンコングMk-Ⅱは静かに刻の来るのを待っていた。
画面全部をグリーンに発光させたタブレットを振って、父親がオペレーション開始の合図を送る。
赤い警告灯が回転する。
ラインの前面に積まれた水入りビニール袋が一斉に取り払われた。
隔壁が開かれる。
縦横がだいたい50㎝ほどの、赤銅色に輝く内壁が露わになり、リハーサル通りにマジックハンドでアイアンコングMk-Ⅱが持ち上げられる。
空洞の中に置かれたあと、慎重に設置場所を確認している。
スイッチが入れられた。アイアンコングが力強く動き出す。
思い出のゾイドとの離別の余韻に浸る間も許されず、無慈悲に隔壁が閉鎖され、一斉にビニール袋が積み上げられた。
集まっていた作業員たちが部署に向かって散っていく。
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