第119季2月27日 —私にしては珍しい判断ミスでした―
第119季2月27日
今日はいいニュースと悪いニュースがあった。もっとも、地底の主としてここに来て以来、いいニュースなどほとんどなかったから、まだマシともいえるかもしれない。
まずはいいニュースから記そう。一週間前に重傷を負ったヤマメが目を覚ましたのだ。7日前、私が熱中症になったあの日、ヤマメが竪穴から落下してきた。その衝撃によるものなのか分からないが、彼女の体は酷く傷ついていた。綺麗な金色だった髪の毛は薄黒く染まり、左腕はあり得ない方向に曲がっていた。なぜ捩じ切れていないのかが不思議なほどで、いっそのこと、切ってしまった方がいいくらいだった。そして、何よりも酷かったのが胸腹部だ。腹からは内臓が飛び出し、赤黒い塊が辺りに散乱していた。肋骨だろうか、胸からは幾多もの骨が飛び出し、折れ、息をするたびに、口や耳から噴水のように血がふき出す。正直、私はもう助からないだろうと諦めていたのだが、どうやら土蜘蛛という妖怪は意外と丈夫らしく、地霊殿の医務室で匿っているうちにみるみる傷口が塞がっていき、今ではほとんど元の状態に戻っている。そして今日、ようやく意識を取り戻したのだ。
「いや、迷惑をおかけしたねぇ」
ヤマメは目が覚めて私の顔をみるなり、そう言った。敬語が取れていることだとか、意外に取り乱さないのだな、とか色々な考えが頭を巡ったが、まず最初にお礼を言われるとは思わなかったので、焦った。焦って「こちらこそ」なんて頓珍漢なことを言ってしまった。
「もう体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫……とは言い切れないけど、まぁ死にやしないさ」
あはは、と力なく笑う姿には覇気がなかった。まだ地底に来た直後のガチガチで私に怯えながら敬語を使っているときの方が、ましだ。
醜い。それが、満身創痍な彼女の第一印象だった。
「何か、欲しいものでもありますか?」
「いやに優しいねぇ、何か企んでいるのかい?」
彼女は口にした後で、酷く苦い顔つきになった。恥じるように髪の毛をガシガシと掻いている。
「いや、忘れてくれ。恩人に失礼だった」
「いえ、慣れてますから」
やはりあなたは優しいですね、そう言い残し私は席を立った。彼女の失礼な物言いに腹を立てたからではない。むしろ、彼女の優しさを再認識できた。そんな優しい彼女が欲しいもの、願っていることを叶えるために、部屋から出たのだ。一つは誰か友人を連れてきてほしいということ、そしてもう一つは、私に去ってほしい、ということだった。
いいニュースはこれで終わりだ。きっと、これで地底に蔓延していた不安感は和らぐだろうし、ヤマメの友人――ほとんどの地底の住民たちともいえる――は喜ぶだろう。そう思っていた。だが、ここで悪いニュースを告げられることとなるのだ。
ヤマメのために地霊殿に連れてきたのは星熊だった。とくに理由はない。強いていうのであれば、彼女と会うことが容易だったからだろうか。ヤマメが怪我をして以来、キスメをはじめとする妖怪と中々会わなくなっていた。ヤマメの大けがに傷心しているのか、それとも私に一人で会いたくないのか。きっと両方だろう。そんな中、いつもと変わらず旧都にいた星熊は、すぐに見つけることができた。
そんな鬼らしい豪快な精神を持った星熊が、応接間で佇んでいる私に悪いニュースを告げた。
「ヤマメ、誰かにやられたらしいぞ」
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