蛮王宣戦
「馬鹿な、ドラゴンである筈が無い……」
その発想に至ったのはリュラリュースだけだった。アゼルリシア山脈の竜王の下にカチコミを掛けると言い出した時のフィーネの言い様をこの者だけが記憶にとどめていたのだ。
フィーネが竜である筈が無い──だが遥か視線の先の、熱気と紅蓮を纏い身動きごとに地を揺らす生き物は明らかに竜──それもオラサーダルクより遥かに大きい竜王と称する以外にない存在だ。
フィーネはよくグやハムスケに乗って馬鹿みたいにはしゃいでいたが、今のフィーネは逆にグとハムスケを頭部に搭載する事が出来る位に巨大であった。
──ドラゴンへと変身する魔法、いや、ドラゴンに変身可能な種族? 聞いた事もない……。
そんなリュラリュースと周囲の反応は違った。未だに動揺は収まらず、強い恐怖を抱いてはいたが、凡百のゴブリンやリザードマンなどの数多の亜人種たちはむしろ、フィーネが晒した竜の姿に納得と理解を抱いていた。
──実はドラゴンだったんだ、だからあんなに強いのだ、という理解──というか誤解だ。
思慮の足りていない子供としか思えない外見と行動、それに全く見合わない武神そのものとすら思える異常な強さ。要素一つ一つが噛み合わず、常識から外れ過ぎていて、だから全く理解できず力に逆らえないままただ従っていた。
フィーネの軍の大半を構成するのは、ただ自然の中で生きるがままに生きてきた、人間たちがモンスターと呼ぶ者たちである。
書物を読んで知識を学んだ者など極々一部、ヘジンマールなどの例外中の例外しか存在しない。族長や王と呼ばれる地位にある者でも、その知識の程は生まれてからの経験と他者との交わりの中で触れたものにしか過ぎない。
そもそも自身の生まれた地とその周囲以外の事柄を知る者も少なく、そんな者たちにとってフィーネは徹頭徹尾『未知の何か、得体のしれない強者』であった。言動は幼稚、行動指針はその場の気分、やることなす事行き当たりばったり、小さく細く赤くて声がデカい、訳が分からない程強い謎の生き物。
何処から来たのかもわからぬ強くて逆らえない暴君。そんなフィーネに引っ張られて此処まで来た者たちにとって、フィーネの竜形態はむしろ持っていた力に相応しい──外見で強さが分かる──姿であったし、理解不能だった強さにも『実はドラゴンだから』という誤解なりに誰もが理解できる根拠が出来た。
強い者に従うというのは、生物の本能の一つである。強い者に逆らえばその強さでもって殺されるかもしれない。逆に、強者に追従すればその強さで守ってもらえるか、少なくとも攻撃対象とは見なされない可能性が上がる。
フィーネに屈服し、フィーネの軍に組み敷かれてから、森の生き物たちの世界は良くも悪くも広がっていた。同じ森に棲んでいたのも知らなかった種族とも多数出会ったし、自分たちの他氏族の同族が数百数千一堂に会する事も今までなかった。
増してや巨人の群れや竜の編隊を同胞として見やり、その庇護の下進軍する等夢にも見た事は無かった。
「グルゥオオオオオオオ!」
耳を打つ赤の蛮竜の咆哮──恐らく、呼応して最初の一声を上げたのは弱小なるゴブリンの一匹だった。言ってはなんだか頭が悪く、弱いが故に力関係に敏感で、そして単純であるが故に感じやすい気性の彼らが最初に上げた──恐怖以外の吠え声、歓声を。
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