ハーメルン
終にナザリックへと挑む暴君のお話
蛮王見参、そして激怒


 霜の竜王オラサーダルク・ヘイリリアルとその妻キーリストラン・デンシュシュアの子たるヘジンマールは、今まさに針の筵に置かれ、非常に居心地の悪い思いをしていた。

 丸々と太った身体を縮こまらせている自分の眼前には、四頭の竜。ヘジンマールの父親であるオラサーダルクと、母親を含む三頭の雌ドラゴン。父の妃たちだ。ドラゴンにそうした感性は薄いが、要するに実の両親と義理の母たちとも言える存在である。

 父が塒としている、言わば王の間でどんな話をしているのかと言えば──ドラゴンにしては非常に、大変に珍しい事だが──家族会議であった。

 議題は『ヘジンマール、お前もうちょっとしっかりしろよ』というアレである。
 別に引きこもっていないで働け、就職しろ等と言われている訳ではない。ドラゴンという種族は生まれながらにして強者であり、社会的な集団を作らないので、糧を得る為に労働する等と言う弱く群れる生き物の真似事はしない。

 だから何故そんな事を言われているのかと言えば──ヘジンマールがドラゴンらしからぬデブゴンと称されるまでに肥え太り、部屋に引きこもって外出をせず、己の力を高めるでも無く本の虫と化しているのが情けないと叱咤されているのだ。

 なんでこんな事になったんだろう、とヘジンマールは泣きたい心境だった。

 父にしてこの地の支配者たるオラサーダルクは霜の巨人に勝ち、この山脈を完全に支配下とするべく拠点を定め、妻たちにこの地で産卵する様命じ、子供たちも留まらせて集団を作っているが、そうしたやり方はドラゴンにおいては例外的であまりない事だ。

 そもそもドラゴンという種族は家族の絆と言うべきものが薄く、血の繋がりがあるからと言って特別に仲良くしたり世話を焼いたりする種族ではない。いや、ヘジンマールは食べ物を年下の弟妹に持って来てもらっているが。

 今までも父親や母たちはヘジンマールの在り方を快くは思っていなかっただろうが、そうした種族的性質故、過干渉は今まで無かったのであるが──。

 物事の流れというのはあるものである。珍しく、本当に大変珍しく部屋から出たヘジンマールは丁度虫の居所が悪かった父親に捕まり、こうしてお説教を受けるというドラゴン的に珍しい苦難に見舞われているのであった。

 もう一時間ほどになるだろうか。何故部屋に引きこもっている、本など読んで知恵を付けてどうする、身体を鍛えているのでも魔法を身に着けようとしているのでもなく、そうした行いに何の意味がある、知識を得たいのなら実際に此処を出て世界を見て回れば良い、とこんこんとお説教されている。

 最初は苛立ちをぶつける様に強い口調で叱咤していた父も、ヘジンマールが凡そドラゴンらしからぬ気弱さと柔弱さを見せ続けるにあたって、段々と自分の子供に対する興味関心が失せてきたらしい。

 実の母親は他のドラゴンに比べればヘジンマールを評価してくれていた筈だが、それでも父の不興を買い自分の立場を悪くしてまで特別に庇ってやろう守ってやろうという気は無いらしい。他の二人の妃に至っては弱いヘジンマールを完全に侮蔑しており、父と同じく興味を失いつつあった。

「お前は愚かだ、知恵等と言うなんら強さに結びつかないモノを蓄える代償にその弛み切った肉体を得たとは……」

 当初の語勢も無く、オラサーダルクは最早どうでも良さそうに呟いた。ドラゴンにとって強さより大事なものはない。強くなくては生きることの出来ない世界にあって、強くある事は生きる事。

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