ハーメルン
やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。
13
帰宅部も顔負けである程、学校をすぐに出ることに定評がある俺だが、忘れ物に気付いて取りに戻ったせいで少しだけ帰るのが遅くなってしまった。
別に俺個人が滝先生に怒られたというわけではないが、なんとなくモヤモヤとした気分のまま自転車を走らせていると、目の前に見慣れたベージュのリボンが目に入った。比較的小柄な身長もあって、後ろ姿のシルエットがウサギっぽく見えなくもない。当然、あの大きなリボンは耳。
そういえば今日の合奏に気を取られてすっかり忘れていたが、川島に水道でトランペットパートの三人と話すという約束を強制的に結ばれたのだった。
高坂とは川島が去った後すぐに話したし、中世古先輩が合奏だからと呼んでくれたのも会話の内に入るだろう。意識してなかったのに、目的の三分の二を果たしているとは。流石、八幡。やればできる子。
ということは、川島との課題で残すのは目の前の先輩だけという訳だ。
歩く度に揺れているクリーム色の長い髪が、赤い太陽の光を反射してキラキラと輝いている。しっかりとケアされているのだろう。男と女で比べるのはおかしな話だが、俺のゴアゴアな髪とは大違いだ。
女性の美への、特に髪への洒落にならんからな。去年、小町の誕生日に『お兄ちゃん、小町の誕生日プレゼントはシャンプーとリンスのセットでいいから』と言われ、大した値段しないだろう、と思って二つ返事で許可したところ、後から値段を見て六千円超えてて腰抜かしちゃったもん。俺の使ってるシャンプーより容量少ないのに。俺の使っているものなら八本は買えた。
小さな背中に声をかけようか悩んだ結果、俺は声をかけないことにした。
三人のうち一人と話している時点で三十三%。つまり、赤点は回避している。ましてや二人なら約七割。七割って言ったら、ほら、あれだから。地球の中の海が占める割合だから。オッケーオッケー。……自分で言ってて、よくわからん。
「あ、ちょっと待ちなさいよ」
通り過ぎようと思った俺に、独特の高い声で声をかけたのは、当然吉川先輩だ。
だが、本当に俺に声をかけたのか。比企谷って呼ばれてないし。振り向いて、何ですかと話しかければ、吉川先輩のお友達がいて、『いや、あんたじゃない』と笑われるオチが待っているかもしれない。
「何無視してくれちゃってんの?」
だが、吉川先輩が声かけたのは紛れもなく俺だったようだ。少し先にいた俺の元に、怒ってますよというアピールなのか、少し頬を膨らませて近付いてきて並んだ。
不覚にも、かわいい。このちょっと怒ってますアピール。
「あんた、後ろから来たんだから私のこと気付いてたでしょ?挨拶くらいしなさいよ」
「はあ。すいませんでした」
「全く、後輩なんだから。ちょっとは後輩らしい可愛いところ見せなさい」
吉川先輩が俺の自転車のカゴに置いていたスクールバッグの隣に、自分が持っていたスクールバッグを並べて置いた。付いているキーホルダーはトランペットのキーホルダー。運動部の奴らが自分のやっているスポーツのキーホルダーをつけるのと同じで、吹奏楽部員も楽器関連のキーホルダーをつける人は多い。
「おっけー?」
「いや、確認する前にもう置いてるじゃないですか?」
「ほんと?ありがとう!」
「許可してないんだよなあ…」
遠慮ないな。まあいいんだけど。
[9]前話
[1]次
最初
最後
[5]目次
[3]栞
現在:1/2
[6]トップ
/
[8]マイページ
小説検索
/
ランキング
利用規約
/
FAQ
/
運営情報
取扱説明書
/
プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク