ハーメルン
ノット・アクターズ
空の美しさの理由

 歌舞伎を知らなくては、特撮で良い仕事はできない。親父は時々そう言っていた。

 歌舞伎を直接的にモデルにした仮面ライダーやウルトラマンの敵など、そういうもんはいくらでも出てくるな。
 が、歌舞伎ってのはもっと本質的なところで特撮に関わってる。
 例えば、変身後の名乗り。
 例えば、変身ポーズ。
 『大げさな構えを記号として使う』というのも、『構えて名乗りを上げる』というのも、歌舞伎を由来とするもんだ。
 ゴジラとかも、歩き方の参考に歌舞伎を使ってる。

 ウルトラマンマックス(2005)の主人公カイトを演じた赤山草太さんは、出雲の歌舞伎役者であった祖父に憧れ、子供の頃から舞台に上がっていて、そっからウルトラマンになった。
 歌舞伎から始まって、特撮へ。
 俺は逆だった。
 特撮で親父の仕事についていって、親父が珍しく歌舞伎畑で仕事をするのについていって、そこで初めて歌舞伎の世界での仕事に触れた。

 そこで初めて、あの人に出会った。

『その歳で父親と同じ魔物に魅入られたか。難儀な奴だ。長生きできねえぞ』

 この歳になって、あの頃の記憶を振り返って、気付いた。
 巌裕次郎さんは世界レベルの舞台演出家だ。俺の仕事もおそらく舞台関連になる。
 だがあえて言ってやる。
 俺みたいな現代の特撮屋に、現代の舞台演劇で出来ることは多くねえ。

 舞台は何度も公演する。
 公演期間中、毎日のように舞台の上で演技を繰り返す。
 撮影は一発撮りの映像を何度も上映する。
 一回録画すれば、その映像は永遠になる。
 俺が火薬を仕込んだスーツの撮影は一回撮ればいいが、舞台なら俺は火薬を毎回仕込まなきゃならなくなり、スーツの方が公演期間中保たない。

 舞台公演という世界で、俺の技術は多くが死ぬ。
 だが、親父はそうでもなかったらしい。
 親父は舞台にもよく呼ばれていた、らしい。もうこの辺は全部伝聞だ。
 巌爺ちゃんは親父をよく雇い、親父は巌爺ちゃんの期待に仕事で良く応えていた。

 だから俺も、巌爺ちゃんの歌舞伎公演を手伝いたいと言い出しちまった。
 当時、七歳の時のことだった。

『お前、何が出来る?』

 俺はその頃、子供らしく思い上がっていたのかもしれない。
 椅子を作り、テーブルを作り、巌爺ちゃんの演劇の演目に相応しい舞台を作った。
 作った舞台用の家具の出来も、レイアウトも、その時の俺は自信を持ってて、褒められると信じて疑ってなかった。

『プロとして見られたいか、子供として見られたいか、お前が選べ』

 この時、「プロとして見られたい」と俺は言った。

 そういった俺の頭に、巌爺ちゃんはゲンコツを落とした。クソ痛かったぞ。

『馬鹿野郎!
 テレビ撮影か映画の撮影のつもりか!
 何平面の角度で、一つのカメラで撮る前提のレイアウトしてやがるんだ!』

 カメラを複数使っても、画面に映る映像はカメラひとつ分だ。
 だから俺は、ひとつの視点から舞台が見られてる前提で、レイアウトを組んじまってた。

『舞台席は前の人間が後ろの人間の視線を遮らねえんだよ!
 大昔ならともかく、今の舞台を見る人間の席は後ろに行くほど高くなる段差状だ!

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