第十七話 開店、妹喫茶
リストラという言葉を突きつけられて喜ぶ者は居ないだろう。サービス残業などと言って労働基準法の定めるところの、法定労働時間を大幅に超越したのにも関わらず、一切の手当も出ないようなブラックコーヒーよりも黒ずんだ企業に勤めているのなら、あるいは狂喜しうるだろうが、多くは絶望の淵に立たされることになるのではないか。
そうは言っても、一従業員に上からの唐突な解雇命令に抗う術は無い。そのまま流されるようにして消えていくしか道はないという事実は現代社会に潜む闇と言えよう。
ある日の夕方、季節はすっかり夏に移り変わり、太陽が未だ沈まず燦々と輝くなか、タクトは喫茶店ラビットハウスに足を運んでいた。
彼がこの店に顔を出すようになって早一年、彼もすっかり常連である。細部までこだわり抜かれた、極上のコーヒーを求めて足繁く通うのだが、最近彼にはラビットハウスにて、もう一つの目的ができた。
それは従業員との交友だ。
ラビットハウスでは三人の少女が働いており、うち二人のバイトとは歳も近い。何度も店に顔を出すうちに、彼女達とも友人と言える程には話すようになったのだ。せっかく親交を深めることもできたので、彼女達には働き続けてもらいたいものである。
ラビットハウスの安寧と繁盛を祈りつつ、タクトは店のドアノブに手をかけた。
「いらっしゃいませ……あ、タクトさん。今日も来てくれたんですね」
店内に足を踏み入れると、初代マスターの孫娘がタクトを出迎えた。トレイを抱き抱える彼女の姿もすっかり見慣れたものである。
「ああ。いつものを頼めるか?」
「少し待っていてください」
タクトはカウンター席に腰掛け、目の前でコーヒーミルを動かすチノの手元をぼんやりと眺める。
はて、いつもと同じように注文を済ませ、いつもと同じようにカウンター席を陣取ったのだが、違和感を覚える。
何かが足りない。
「なあなあ、チノ。あの人がこの前言ってた人?」
「タクトさん、だったっけ?」
タクトが正体不明の不足感に頭を捻らせていると、見慣れたラビットハウスの制服を着た、二人のバイトがチノに話しかけていることに気がつく。
が、どうしたことか。二人共、今日はやけに小さい。見たところ身長がチノとさほど変わらないではないか。それどころか、髪型も雰囲気もいつもと全く違う。
「……これが俗に言うイメージチェンジというやつなのか」
髪型だけでなく、身長や自身の雰囲気まで自由に変えることができるとは、最近の高校生は摩訶不思議である。
「何を言っているんですか……二人は私のクラスメイトですよ」
「マヤだよ!」
「メグですー」
それぞれ元気よく名乗った二人を観察してみれば、なるほど、確かに中学生らしい容姿をしている。それどころか、下手をすれば、チノを含め、小学生と紹介されても違和感が無いのではないだろうか。
「……今、ものすごく失礼なことを考えられた気がします」
流石に鋭い。接客業は伊達ではないようだ。
タクトはジト目のチノから目をそらし、推定中学生の二人、ショートヘアのボーイッシュな少女と、おさげ髪とほんわりとした雰囲気の少女を順に見やった。
「マヤにメグだったか。俺は白波託兔という。ただの客だが、よろしくな」
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